ぷちどるいじめ いお編

いおはめっきり元気が無い。俺が勝手にやよたちを預けてしまった(ということにしてある)のがよほどショックだったのだろう。
元気が無いなら無いでおとなしく悄気ていればいいものを、やたらと神経質になって常時額からみょんみょんみょんみょんチャージ音を発している。
チャージしたら撃つのは既にバナナを見たら踏んで滑るくらいのお約束である。ちょっとした事ですぐに気が立って発砲しては、”ぴよ”と”じむいん”に宥められている。
以前はぷち一匹ごとにコードネームをつけていたものだが、それも飽きてこんな安直な命名になってしまった。いおに至っては付けていない。
しかし、最近のいおはさすがに神経質すぎやしないか。ひょっとして、動物的な勘でやよの身に何があったかを感じ取っていたりするのかもしれない。
ともかく、このままだと事務所が何件あっても足りない。やはりこいつも駆除してしまおう。

「おーい、いおー」

「も……?キーー!」

元から人を寄せ付けない奴ではあったが、こうも露骨に威嚇されるといい気分ではない。俺が何をしたっていうんだ。するのはこれからだよ。

「一緒に少し外に出てみよう。少しは気分も紛れるだろう」

にべもなく拒否された。耳障りなキーキー声にチャージ音まで添えて反駁してくる。
おおかた、やよを連れてくるか、あるいはやよたちを預けた家に連れて行って無事にしている姿を見せろと言いたいのだろう。

「ああ、分かったよ。やよのところに連れてってやる」

「もっ」と一声。「よろしい」とでも言いたげに。本当に腹の立つ奴だが、それも今日までだ。
いおを連れてきたのは、やよを焼き捨てたあの河原である。車から降りもせずに、あからさまにみょんみょん音を立てて疑いの目で俺を見るいお。

「そんな目で見るなって。そうだ、やよの写真、見るか?」

などと言いながら、封筒を持って車を降りる。トランクから大きなステンレスのバケツを出してきて、椅子にする。ここが気の使いどころだぞ、俺。
どうして友達の写真を見るために河原に来て車から降りなくてはならないのか、という疑問を持ってか持たずかは定かではないが、いおは自分からぴょんと飛び降り、もっもっもっ……と独特な息の切らせ方で走ってきた。
死せるやよ、生けるいおを走らす……か。封筒をぽいと地面に置くと、いおは中からコピー用紙を引っ張りだし、一目見るなり硬直した。
そこに印刷されていたのは、俺が撮ったやよの写真。火事の現場から引っ張りだされた黒焦げの毛布かと思うような、見る影もないやよの姿。
「命の値段」として600円を手渡してやった時の、事切れる寸前の表情は指折りの一枚だと自負してやまない。ただ、今になって考えると600円は奮発し過ぎだったな。

「キ……イ゛ィィィ……!」

怒髪天のいおが上げる憤激の呻き声で我に返った。チャージ音は普段をはるかに超えた高音に達し、額が不気味な白色光をまとい始める。

「うわ、やめろっ!」

バネに弾かれたように立ち上がって後ろに飛び退く。もちろん演技だ。さっきまで椅子にしていたバケツを拾い上げ、帽子のようにいおに被せて横っ飛びに避ける。
腹に響く重低音とともに、空に向けて光の奔流が走った。日食グラスがなかったら、俺はムスカ大佐と同じ末路を辿っただろう。
バケツはいともたやすく貫通されてしまったが、その照り返しをまともに食らったいお本人が無事であるはずもない。見れば苦しそうな鳴き声をあげてうずくまっている。
髪が焼けて硫黄の悪臭を放ち、耳まで赤くなっているところからすると、顔面は一面火傷だろう。もうビームも撃てないんじゃないか?それでも警戒は解かずに爪先でつついてみる。

「キィ、イ゛イイィィ!!」

露程も殺気を失わない声。しかし、もたげた顔は目を固くつぶったままだ。打ち震えながら、俺の気配を探してキョロキョロしている。
ははぁ、大方強烈な照り返しに額を焼かれ、驚いて思わず目を開けてしまったな。
目が見えないとなればこっちのものだ。

「今まで、随分と迷惑をかけてくれたじゃないか。さあ、どう料理してやろうかな?」

声で俺の居場所を察知したいおがエネルギーの充填を始める。額は真っ赤に焼けて見るからに痛そうだが、猛り狂ったいおはそんなことにはお構いなしだ。
なに、こっちにはまだ別の手がある。駆除を思い立った日の夜に、ここに掘っておいた穴があるんだ。河原の固く締まった土はひどく骨の折れる相手だった。
今更ながらに、土はおろかコンクリをもザクザク掘り進むゆきぽの馬鹿力に戦慄を感じる。
いおの脇腹を掴んで、穴の中に逆落としに突っ込む。光の柱が真っ直ぐに聳え立つ。
塹壕の中に掘っておいて、投げ込まれた手榴弾を蹴り落として被害を局限する穴”グレネードサンプ”を参考にした方策だが、こいつら奇形生物共を相手にするのはまったく戦争である。
グレネードサンプならぬ”いおサンプ”は発射方向に向かってごっそりと土がえぐり取られ、湯気を吐いている。
これだけのエネルギーをほとばしらせたおかげで、いおの顔面、殊に額の火傷はいよいよ重篤になっていた。
ちょぼちょぼと残った髪を引っ掴んで、焼肉のような色になった額をボールペンでつついてみる。キーキー鳴いて暴れるが、痛がる様子はない。
今度は頬をつつく。激痛に身を跳ねさせて地に伏し顔を押さえて、耳に耐えない汚い鳴き声で悶える。
あーあ。額はⅢ度の熱傷、神経まで焼けて痛みさえ感じない状態だ。人間だったら直ちに病院に行くべきである。
己のビームでこうなったのだ。自業自得というもの。同時にこんなビームを事務所で乱射していたこいつに対して、再び熱い怒りが湧いてくる。
焚き火に使うトングで、焼けた石を拾っていおの瞼に押し当てる。肉が焼けるいい音。しかし臭いは頂けないな。
瞼は火傷でぴったりとくっついて、もう二度と開きそうにはない。仮に開いたとしても、目玉まで煮えているだろうからこいつの世界に光が戻ることはない。

「いやー、ひどい火傷だねぇ。それでもやよよりは断然マシだけど。さっき見ただろう?」

いおが人生最後に見たのは真っ黒に焼けただれたやよの姿、というのはなかなか皮肉で面白い。
きっといおのことだ、暗闇の中に今もそれを見ているのだろう。悔しさでわなわなと震えている。

「いおだってそのビームでゴキブリを焼き殺すじゃないか。俺がやよを焼き殺して何が悪いんだ?」

やよをゴキブリ扱いされて、ついにキレた。怒りに任せてチャージを始めるが、3回目の「みょん」の中ほどで痛みに耐えられなくなってへたり込む。
「どうした、撃ってこないのか」
鬼さんこちら、と手を叩いてやると、キーキー鳴きながらふらふらとこちらへ歩み寄る。しばらく歩かせると「も……」と情けない声をあげてうずくまる。
こちらから近寄って爪先で頬をつついてやると、激昂してエネルギーをチャージし痛みに身悶える。
七転八倒して顔面の火傷を地に擦りつけてしまい、漫画に出てくる誇張された駄々っ子だってこうはしないだろうという勢いで転げまわる。
そんなに痛むならチャージしなければいい。学習しないやつだ。
あるいは、興奮すると血圧が上がるというのと似たような不随意反応なのか。
それならそれで腹立たしい話である。血圧の上下で事務所を破壊されては溜まったもんじゃない。
ま、それももう終わりだ。いおはもう、足元もおぼつかなくなり始めている。

「最後の仕上げだな」

車に戻って、「仕上げ」に必要な物を取ってきた。MP3プレイヤーと、小型のスピーカーだ。

『うっうー』

はっ、といおが顔を上げた。このMP3プレイヤーに入っているのは、生前のやよを写したビデオの音声。
事務所で遊ぶやよ、小銭を拾って喜ぶやよ、そして。

『ううー、ううー』

いおを呼ぶやよの声。

「キー……!キー……!」

今までとは打って変わって悲しそうな鳴き声を上げながら、いおはこちらへ歩み寄ってくる。
見えもしない虚空に手を伸ばして、腕を震わせながら。

「キー……!」

かえして、かえして。絞り出すような鳴き声がそう訴えていた。
かけがえのない友達の、せめて声だけでも。この世に生きていた証だけでも。この手に返して……。
そう叫んでいるようだった。

俺の持つMP3プレイヤーを追って、いおは歩く。暗闇の中に、腕を差し出して。俺に乗せられているとも知らずに。誘導されているとも知らずに。

『うっうー、うー』

はしゃぐやよの声が再生されると、張り付いた瞼の隙間から涙が滲み出した。

「もっ、もっ、もっ……」

懐かしんでいるのか、愛おしんでいるのか、呼びかけるような声を発して、やよの声を追いかける。

『うっうー!』

「もっ……!」

すぐそこにやよの声がある。やよとの思い出が、そこにある。
精一杯伸ばした手が虚を掴み、次いで踏み出した足も空を踏み抜いた。
いおは一瞬宙に浮き、次の瞬間には冷たい水面に飲み込まれた。

光を失ったいおは、俺の手によって河原からコンクリの護岸の上へと誘導され、やよの声を追って自ら川に身を投じたのだ。

「約束だからな。さあ、やよのところへ行くがいいさ」

踵を返し、車へ向かう。

「三途の川の渡り賃は、ツケにしておいて向こうでやよに立て替えて貰うんだな」

ちらりと後ろを向き、小さく言い捨てた。


  • 最終更新:2014-02-20 15:11:37

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