可愛い子ぷち

ある飼いちひゃーと、その飼い主の男性がいました。
この一人と一匹の仲は至って良好で、ペットショップから買われてきてから、このちひゃーは飼い主さんに時に厳しく、時に優しく育てられ、躾や言いつけも守る従順ないい子となっていました。
食事にも贅沢は言いませんし、質の悪い悪戯をすることもありません。個体によって多少の差はありますが、基本的にきちんと躾をして正しい育て方をすれば、ぷちどるはちゃんと飼い主とうまくやっていけるのです。まあ、中にはどうしようもない種もいますけど。
生まれた時から人間の手の中にあり、外の世界も、自然の仕組みも知らない温室育ちのちひゃー。大好きな飼い主さんと過ごす日々に、とても満足した生活を送っていました。

そんなある日のことです。
ちひゃーは飼い主さんに連れられて、街のペットショップへお買い物に来ていました。

「くっくー♪」

ぷちどる用の食品や、日用品などを買い足します。飼い主さんが押すカートの中に入って、ちひゃーはご機嫌で店内を巡ります。
躾の甲斐あってちひゃーは欲しいものがあっても我侭を言うようなことはなく、飼い主さんの言うこともちゃんと聞き分けられるだけの自制心も身に着けていました。とはいえ、大好きな飼い主さんとのお出かけ、ついつい気分は浮かれてしまいます。
優しい飼い主さんはちひゃーが欲しそうなものも限度を守って買い与えるなどします。ちひゃーはすっかりウキウキ。カートの中で鼻歌まで歌い出しています。

「じゃあそろそろ会計するか。ちひゃー、カートから降りてくれ」
「くっ」

買い物を一通り終え、レジに向かう飼い主さん。言われた通りカートから降りて、ひょこひょことその後についていきます。
会計を済ませている間、手持無沙汰で辺りをきょろきょろと見回します。何か面白いものないかなぁ、うっすらそんなことを考えていたあたりで、ちょうどちひゃーの目を引くものが視界に映ります。
店内の一角に設けられた、飼いぷち販売ブース。その中に並べられたショーケースの中で、何かが動いています。それが気になったちひゃーは、つい飼い主さんの元から離れ、ショーケースの前まで歩いていきました。

「「「クー、クッ、クゥ~」」」
「く…!」

ショーケースの中に入れられていたのは、数匹の小さなちひゃーたち。生まれてまだ間もない子ぷちです。
いずれも引き離された親を想ってか、慣れない周囲への不安からか、それぞれ泣いたり、また物珍しげに辺りを見回していたり、意味もなくケースの中を駆け回っていたり、また道行く人にやたら威嚇していたり。
すでに成体となったぷちどるを買う人もいますが、もちろん中には子ぷちから買って、育てる人もいるのです。このちひゃーのように。
そして今成体となったちひゃーにとって、眼下で鳴き、動く小さな小さなこの生き物たちは、初めて見るものだったのです。自分も小さい頃、同じだったとはわからずに。同時に、そこへ言い得ない感動のようなものが胸の内に湧き起ります。

自身を縮尺そのままに小さくしたような、可愛い可愛い子供たち。ハムスターよりも一回りほど小さく、可憐ながら弱々しく、どこか儚さに似たものも同居させた、そして純真無垢の塊。
それにとても神秘的な心持ちを覚えると共に、かつて感じたことのないほどの愛おしさに、ちひゃーはいっぱいとなっていました。
ショーケースには天井がなく、子ぷちたちが外に出れない程度の高さに作られています。お客さんが手に取って触れ合えるようになっているのです。ですから気が付けば、ちひゃーもそのうちの一匹を手に取ろうと、手を伸ばしていたのです。
数あるうちの一匹。正直どれも同じに見えますが、それでも可愛いことに変わりはない、小さなちひゃーが、手の中に。包み込まれ、ひょいと持ち上げられた時でした。

「クッ!?シャーーーッ!」ガブ
「く、くぎゃッ!?」

その子ぷちにしてみれば、右も左も分からない最中で、見知らぬ相手に突然体を触られ、持ち上げられたことに驚き、そして危機を覚えたのでしょう。
本能的に、自衛のために取った手段。それもちひゃーという種が取る威嚇行動。持ち上げられた子ちひゃーは、ただ愛で慈しむつもりのだけであったちひゃーの腕に噛みついたのです。
突然の痛みに驚き、声を上げて手を離してしまうちひゃー。けれども子ちひゃーは食いついたまま離れません。
人間の肌であればどうということはない程度の子ちひゃーの噛みつき、しかしそれよりずっと体の弱いぷちどるの肌です。子ぷちに力いっぱい噛まれ続けるうち、小さいながらも川が破け、血が流れます。
そして、痛みに慣れない温室育ちのちひゃー、半ばパニックになって大声を上げます。当然それに気づいて飼い主さんや店員さんたちが飛んできました。人間の手であっさりと引きはがされる子ちひゃー、飼い主さんに抱きしめられるちひゃー。

「ちひゃー、大丈夫か?!」
「くっ、くぅぅ…!」
「大変申し訳ありません!すぐに手当てをさせていただきます!」

お客の飼いぷちに怪我をさせてしまい、慌てて店員さんが救急箱を取りに駆け出します。怪我といっても、本当に小さなもの、驚いたちひゃーでしたが、落ち着いてみれば何てことはありません。血は出ていますけど、それもごくわずか。
はっと、ちひゃーが意識を向けたのは、自分から引きはがされ、今は店員さんの手につままれている子ちひゃー。なおも自分や店員さんに向けて威嚇し、唸り声を上げています。

「本当に申し訳ありません!ただちにこの子ちひゃーは処分いたします!」
「くっ…?」

お客の飼いぷちに怪我をさせてしまい、慌てて謝りながらそう告げる店員さん。そしてその言葉の意味に、何を言っているのかすぐには呑み込めないちひゃーはきょとんとします。
例え何であれ、お客さんに怪我をさせるなどといったことをしでかしてしまった「商品」を、そのまま売り続けるわけにはいきません。それに数はあぶれているほどのぷちどる、生まれて間もないその子供。代わりはいくらでも利きますし、掃いて捨てるほどいます。
ですから処分というのは、そのままの意味です。噛みついた子ちひゃーは、有害なゴミのように扱われ、その命を捨てられるのです。それも今すぐに。
はっきりと、店員さんの言葉の意味がわからないちひゃー。それでも、喚く子ちひゃーが有無を言わさず連れていかれるのを見て、ただ事では済まないのではないかと思いつきました。

「く、くーーーッ!!くくぅーーー!!!」

やめて、その子は悪くない、自分が驚かせてしまったんだ。落ち着き、状況が呑み込めたちひゃー、子ぷちを救おうと必死で弁解します。
けれども、そこは悲しいかなぷちどる、人間との言葉の壁を超えることはできません。仲のいい飼い主さんにも、その意味は伝わることなく、子ちひゃーは部屋の奥に連れていかれました。最後まで、ただ周りを敵と思って威嚇し続けながら。

「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!くーーーーーーーーーーーッ!!!」
「大丈夫だよちひゃー、大人しくしてなさい」

ついには泣き叫んで呼びかけるちひゃー。飼い主さんは怪我が痛むのだろうかと思い心配しているだけです。ちひゃーの叫びは、誰にも届きません。
それから手当を受け、何のこともなかったように家へ帰りました。飼い主さんもこの程度なら大丈夫だし事故だから、と軽く流してくれました。人間たちの中では、本当に大したこともないようにして扱われ、この日の出来事は過ぎ去っていきます。
けれどもちひゃーには、自分のせいで子ぷちが「処分」されてしまった、子ぷちは何も悪くないのに、その自責の念と後悔とに苛まされ、その日一日中泣くのでした。何故ちひゃーが泣くのか、飼い主さんはとうとうわかりません。
自分はただ、可愛がりたかっただけなのに。子ちひゃーは、それに驚いてしまっただけなのに。どうしてこうなったんだろうと、過ぎゆく日々に悲しみは薄れても、この思い出は苦々しいままにちひゃーの中に残りました。

「「「クッ、クゥ~」」」

また後日、訪れたペットショップのショーケースの中から、あの日と同じように子ちひゃーたちが物珍しげに遠くのちひゃーのことを見つめています。それと目の合うちひゃー。ぴく、と肩が震えます。
けれども近づくようなことはもうなく、何とも言えない面持ちで、ふと視線を逸らすのでした。


おしまい。

  • 最終更新:2014-02-20 22:13:09

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