白ジャム

765プロは小さい事務所とはいえ、高槻やよいを筆頭に幾人かの売れっ子を抱えている。
最近は、ぷちどるたちもテレビに機会が増え人気を得てきていた。
そのため事務所には、ファン達からのプレゼントが大量に届けられる。
大半はファンレターだが、中にはぬいぐるみや花束、ぷちたちの手作りの服などの物から、食べ物まで様々である。
それらのものは、アイドル達へとそのまま渡される……わけが無い。
スタッフであるPや小鳥のチェックがおこなわれる。
ぬいぐるみなどは盗聴盗撮の心配があるし、食べ物も手作りなどは論外である。
市販の食べものなどは、ぷちどるたちの胃袋へとありがたく収めさせてもらってはいるが。
それらのチェックを通常業務をこなしながら行えるわけもなく。Pたちは連日の残業を強いられていた。
そして、ファンの贈り物の中には頭を抱えたくなるようなものも送られてくることがある。

「うわー、白ジャムだよ」

Pは、ゴム手袋の手で、小さなビンを指先でつまむ。
白ジャムだけではない。ファンレターにもアンチと呼ばれる存在からの剃刀メールもありうる。
そのためのゴム手袋である。
Pは、すぐさま廃棄用のダンボールへとしまう。
ゆきぽが入り込まないように漢字で廃棄物と書き込んである。
ひらがな三文字のダンボールでなければ入り込まないだろう、きっと。

「小鳥さんに当たらなくて良かった」

事務員である以上、ファンからの贈り物のチェックは仕事のうちだ。
とはいえ流石にうら若き(?)女性にはショックが大きいだろうから、Pが処分するに越したことはない。
当の小鳥は休みだった。そのためPは怪しげな贈り物の処分を行えるのだが。
事務所には、Pが一人。もちろん事務所住みのぷちどるたちは、そこかしこに居るが。


「ジャム」

という言葉を聞き逃さなかったのが、その中の一匹――あふぅである。

「ナノ?」

事務所の隅で眠っていたかと思えば、Pの言葉に耳聡く目を覚ます。
その視線はPの手元のビンへ。
そそくさとダンボールにしまうPの姿。あふぅは、きっとあれは美味しいジャムで、Pが独り占めするために隠したと考えた。
いますぐPの元へ行ってねだってみようか。
きっとPは意地悪をしてあふぅには与えてくれないだろうと考え、ダンボールの行方をこっそりと見守った。
Pは、ダンボールのフタをすると、机の脇へ置く。
あふぅは、こっそりとPの死角へと進み、机の下へと潜り込んだ。
Pに見つからないように、息を潜める。
Pがどこかへと行くのをあふぅは待った。
やがて、Pが立ち上がると、どこかへと歩いていった。
あふぅは、机の下からPが部屋から出て行くのを見送った。

「ナノナノ」

しめしめとあふぅはほくそ笑み、机の上へと。
机の脇に置かれたダンボール。廃棄物と書かれてもあふぅには読めないし意味も分からない。
ダンボールを開けると色々なものが入っていた。
カラフルな棒やピンク色の丸い何か。
あふぅには、何に使うか分からないし、そんなものに興味がない。
端っこに小さなビンが置かれているのが目に入る。

「ナノー」

見つけた。
ビンを片手に喜びのポーズ。
手にしているのが白ジャムじゃなければ可愛らしいポーズだっただろうに。


ビンの開け方は人から見て覚えていた。
フタを捻るとあふぅの力でも簡単に開いた。
半透明で白く濁った液体。震わすとちゃぽちゃぽと音がした。
くんくんと嗅ぐ。

「?」

あれ?甘い香りがしない。それどころか生臭い。
舐めてみようと舌を出すが、半分程のしか中身が無いビンの中までは届きそうにない。
あふぅは意を決すとビンを呷った。

ぶぅーっ!

あふぅはビンの中身を噴出した。

「ナ”ァ”ァァァァ!」

ぺっぺっ、とつばをそこら中に吐き出す。

不味い。
騙された。
Pが、わなを仕掛けた。
美味しいジャムだと言ったのに。(言ってない)
あふぅは、腹のうちに込み上げてくる怒りのままにビンを投げ捨てた。
八つ当たりで机の上を滅茶苦茶にすると不貞腐れて眠った。


Pが文字通りの小用から戻ると、机が荒らされていた。

「またあふぅか」

あふぅは、何が気に食わないのか時折暴れては事務所を荒らす。
それも、Pにとってはもう慣れたものだった。
だが、今回はいつもと違った。
開いたダンボール。転がるビン。
社長じゃなくてもティンと来た。もっとも嫌な予感にだが。

「うげぇ」

机には、謎の粘液。いや、謎でもなんでもない、白ジャムだ。
おそらくジャムという言葉が聞こえて、食べ物だと思ったのだろう。愚かなやつだ。
ゴム手袋で宣材写真を持ち上げた。
白濁液の中に笑顔の美希。
ぬめっとした液体に濡れよれた書類。
机全体から漂う腐ったような悪臭。
胃の腑に込み上げてくるのは、吐き気にも似た感覚。
吐き気かも。

「あふぅ……」

Pは、犯人へと視線を向ける。金色の毛虫はこちらへと背を向け寝息を立てていた。
お仕置きだな。
ここで起こして叱ったとしてもあふぅは覚えていないだろうし反省すらしないだろう。
Pは、腹にマグマのようにたぎる怒りを抑えて机を片付けた。


「あふぅ。あふぅ」

「……ナ、ナに”ぉ?」

Pの言葉で目覚めたあふぅは、自分の体の違和感に気付いたようだった。
あふぅの体は腕ごとガムテープで椅子にくくりつけられていた。
後頭部の方からプラスチックのハンガーが丸く曲げられ、口元を閉じられないように両側から奥歯の辺りに突っ込まれている。あふぅの咬合力ではハンガーを噛み潰せなかった。
フックが椅子に引っ掛けられているため、あふぅは斜め上を向いた状態で固定されている。

「ナに”ぉ、ナに”ぉ」

口が半開きのせいか、ナノとは聞こえなかった。
何でこんなことをする、とでも言っているのだろう。

「あふぅ。コレなんだ?」

あふぅの目の前に突き出される空のビン。
鼻を刺す臭いに顔を背けたかったが、固定されて動けない。
あふぅは思い出した。
怒りの方を。

「ナ”ァー!ナ”ァー!!」

こんな不味いものを食べさせるなんて酷いの。
自分から盗み食いして置いて身勝手な怒りの声を上げる。
Pは頭を抱えてため息をつく。
あふぅが何を言っているかを正確には理解していない。しかし、長い付き合いで、あふぅの言わんとしていることが何となく分かってしまった。
結局、自分のしたことを覚えていないのだ。机を荒らして書類を駄目にしたことを。
反省どころかこちらへと逆切れすらしている。
予想通りであることにPはため息をついたのだった。


「やっぱりお前は反省しないのだな」

そして取り出すもう一つのビン。
白ジャムは一個だけではなかった。
フタを外すと、臭いがあたりに漂う。
先ほどよりも臭いが強いような気がした。個人差だろうか。腐っているのかも。

「ナ”?」

Pはにこりと優しくあふぅに微笑みかけると、ビンを口の中に押し込んだ。

「お仕置き」

「ア”ぁー! ゴォア”ウ”ァー!!」

口の中へと流し込まれる白ジャム。
飲み込めない飲み込みたくない。
あふぅの必死の抵抗は、白ジャムを胃へと送ることは無かった。
だが、その代償は白ジャムでのうがいという形で支払うことになる。
首はやや上を向いているために吐き出すことも出来ない。

「ゴボボ、ゴボがボ」

息をするたびに、咽喉の奥で泡出つ。
空気で混ぜられることによってより強く臭いがたつ。
腐ったような生臭さに、あふぅは吐き気を覚えた。


「頑張るなあ、飲んでしまったほうが楽だろ」

「ナ”ア”ー、ナ”ア”ー」

飲み込まないようにしながらあふぅは必死で訴える。
嫌々と、首を振りたいが固定されて出来ない。
目の端からは涙を流しながら、助けを求める。

「そうだ。あふぅ、コレなんだ?」

Pは、そしらぬ顔であふぅの言葉を無視した。
そしてあふぅから見えない位置に置いていた袋から一個のオニギリを取り出した。
オニギリはあふぅの好物だ。
このけだものはオニギリと見れば涎をたらして飛び掛ってくる。
今も、目はこのオニギリに釘付けだった。
ごくりと唾を飲み込む。
そう、飲み込んだのだ。
唾ごと白ジャムを。

「ナ”ァ”ァーーー!」

Pは腹を抱えて笑った。
ここまで単純だとは。

体に異物が入れば、吐き出そうとするのは生物として当然の反応である。
あふぅも、込み上げる吐き気にえづいている。
とはいえ、上を向いている状態でゲロを吐けば、自らのゲロで溺れかねない。
Pは、あふぅにオニギリを見せた。
あふぅは唾を飲み込んだ。
隠す。えづく。
見せる。飲み込む。
Pは、噴出す。やばい。面白い。


「びぇぇぇっー!」

あふぅは、泣き出した。
Pは、あふぅの口のハンガーを外す。

「ナノ! ナノ!!」

その途端、泣くのも止めて体のも外せと言う。
やはり泣きまねだったか。

「それよりも、おにぎりを食べたくないか?」

「ナノッ!」

オニギリを見せれば、もう夢中。早く寄越せと、涎をたらして暴れ始める。

「ジャンキーかよ」

Pは、苦笑いを浮かべながらおにぎりを口に運んでやる。隠していたもう一つのビンとともに。
あふぅの口におにぎりを押し込むとともにビンの白ジャムを口の中へと流し込む。

「ん”ん”ん”ん”ん”ッーー」

口の中に広がる白ジャムの味に、おにぎりごと吐き出そうとするあふぅ。
Pは、その口を押さえた。

「大好きなおにぎりだろ、遠慮するな」

吐き出したくても吐き出せず、あふぅの口の中で混ぜ合わされる、米と白ジャム。
ぐちゃり、もじょり。
大好物のおにぎりが口の中で、生臭いナニカに変わっていく。
ご飯の甘みも、塩のうまみも何もかも。
あふぅは、おにぎりをかみ締めながら、涙を流していた。
初めて、おにぎりを不味いと思ったのだった。


次の日。

「みんなー、ご飯よー」

ちっちゃんを連れた小鳥が、お弁当を広げる。

「ぴっ」「ぽぇー」

ぴよぴよとゆきぽが小鳥の用意した朝ごはんへと群がる。

「あふぅちゃーん! ご飯よー」

「ナー?」

寝ていたあふぅへと小鳥が声を掛ける。
目をコシコシ擦りながら小鳥の用意したお弁当へと目を向ける。

「ナァーッ!」

その瞬間、悲鳴を上げて逃げ出した。

「おはよう、小鳥さん」

Pが事務所へと入ってきた。

「おはようございます、プロデューサーさん」

「どうしたんですか、あふぅの奴」

Pは、部屋の片隅で震えるあふぅの方を見ながら小鳥に声をかけた。
白々しい台詞だが、小鳥は気付かない。

「お腹減ってないのかな。あふぅちゃんの大好きなオニギリなのに」

小鳥が首を傾げていた。お弁当箱の中には、可愛らしいおにぎりが並んでいた。
どうやらあふぅは、おにぎりに軽いトラウマを覚えたようだった。

「ま、大人しくしてくれるほうが楽でいいじゃないですか」

Pは、そう言って、一ついいですかとおにぎりへと手を伸ばす。
どうぞ、と小鳥。

「うん、おいしい」

まぁしばらくは大人しくなればいいほうかな。

おしまい


  • 最終更新:2014-02-21 06:13:57

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