『愛誤』の末路

P「じゃあ、どうしてもゆきぽの処分に反対なのか?」

律子「当たり前です!」


ゆきぽが今日、◯個目の穴を事務所の床に掘りました。それについての緊急会議が今、開かれています。

社長とPはゆきぽの殺処分を提案、アイドル達に同意を求めますが、アイドル達はこれを拒否。議論は平行線を辿っています。

高木「あまりこういう話を君たちにしたくないのだが…あの生き物が毎月事務所に与える損害はバカにならなくてね。かと言って、私の独断で処分するのもどうかと思い、君たちの意見も聞いたのだが…」

P「ハッキリ言って話にならない。損害額に目を背けて、やれ『かわいそう』だの『ひどい』だの。それならこちらにも考えがある。もう765プロではゆきぽの面倒は見ない。以上だ。飼いたい者が自宅で面倒を見ること。希望者がいれば挙手してくれ」

アイドル達「…」

押し黙ってしまうアイドル達。無理もありません。殺処分をかわいそうと思う事と自宅で飼う事は、また別の話ですからね。

P「どうした?誰も希望者がいないのか?なら…」

真「待って下さい!今まで通り事務所で飼っちゃいけないんですか?!」

P「…はあ、お前人の話聞いてたか?あんな損害ばかり出す生き物、事務所で飼ってやる義理がどこにある?それとも、あいつが事務所に与える損害、お前が肩替わりでもしてくれるのか?」

真「ぐっ…」

真が現状維持を訴えるも、当然拒否されます。が。

律子「…損害額さえ肩替わりすれば、事務所で飼っても良いと言うことでしょうか?」

律子がとんでもない事を言い出しました。焦ったのはP、社長の方を見ます。社長は眉間に手を当て、一呼吸置いて、律子の問に答えます。

高木「そこまで言うのなら仕方がない。お互いが納得できるのはそれしかないかも知れないねぇ。分かった、あの生き物を事務所で飼う事については、許可する。ただ、あの生き物が事務所に損害を与えた場合、すべて君たちに請求する。これでいいかね?」

律子・真「はいっ!」

伊織「ちょっと!あんた達なに勝手に…」

P「待て伊織、じゃあ、ゆきぽの処遇はこれで決まりだな、後は細かいところを詰めて終わりにしよう。社長、お疲れ様でした」

社長が帰宅し、Pと音無さんとアイドル達で再び話し合い。Pと音無さんが資料と電卓を使い説明します。

小鳥「先月のゆきぽちゃんの出した損害額がこれです」スッ

P「これを13で割った数が一人当たりの肩替わり額になる」ポチポチ

春香「思ってたより安いかも」

亜美「これならイケるYO!」

一人当たりの負担額を見て、喜ぶアイドル達でしたが…

やよい「…すいません。その損害額って、払いたくないんですけど、どうしたらいいですか?」

千早「高槻さん?何を…」

真美「全然大した額じゃないと思うけど?」

支払い拒否の意思を示すやよい。他のアイドル達が真意を問います。

やよい「皆さんにとっては大した額に思えないかも知れないけど、わたしには大きなお金です。それに、お給料は家族みんなのものだから、わたしが勝手に決められないかなーって…」

P「勿論、強制はしない。拒否権はあるので嫌な者は言ってくれ」

Pも支払い自体は各個人の判断に委ねるようです。

伊織「プロデューサー、私も支払い拒否で」

あずさ「…その、私も」

律子「伊織?あずささんも…」

伊織「お給料は1ヶ月頑張った自分の為のものよ。それをゆきぽの掘った穴の為に使われるなんて、馬鹿げてるわ」

あずさ「正直、ゆきぽちゃんの先月の損害額を見てびっくりしました…私ったら何も知らずに『かわいそう』だなんて言って…すみませんでした、プロデューサーさん」ペコッ

美希「ミキも払いたくないって思うな。お仕事頑張ってもらったお金をゆきぽの為に使うなんて、や」

律子「美希まで?!」

伊織「どうしたの律子?言っとくけど恨みっこなしよ。これは良いとか悪いとかじゃなくて、価値観の違いだから。自分の価値観を押し付けるのはいただけないわ」

律子「…分かってるわよ」

話し合いの末

来月から損害額をアイドル達+律子が払う事(拒否権を行使した者は除く)

来月以降も拒否権を行使したい者がいれば申し出る事。翌月から支払い免除とする事

損害額は現金で音無さんかPに手渡しする事

が決まりました。話し合いを終えてアイドル達が全員帰った後、音無さんがPに問います。

小鳥「言わなくて良かったんですか?先月は確か…」

P「…比較的損害が少なかった月でしたね。まあ、言わなくても来月には気がつくんじゃないですかね」


次の日、ゆきぽが穴を掘りました。

律子「こら、駄目だって言ってるでしょ。ちゃんと言う事聞きなさい」パカンッ

ゆきぽ「ぽえっ」イタイッ

それを尻目に、Pは呟きます。

P「…そんなに優しくやってていいのかね、律子」

Pはこの日からゆきぽに対して無関心になりました。構って欲しそうにズボンの裾を引っ張ろうが、ブラッシングをねだってブラシを差し出そうが、それこそ穴を掘ろうが完全無視でした。
ゆきぽは無視される度に悲しみに顔を歪めるのですが…

次の月 月末

P「みんな、お疲れ様。給与明細と今月のゆきぽの損害額明細を渡す」

律子「…これ何かの間違いじゃないですか?先月はこんな額じゃ…」

損害額明細には話し合いの時のシミュレーション額のおよそ二倍の金額が書かれています。

P「間違いじゃないぞ~。四人抜けて損害額が増えたからな、当然だ。何なら見るか?」

Pが資料を提示します。確かに、損害額は増えています。
要因は2つ。一つはもちろん、前回のシミュレーション時は比較的損害額の少ない月だった事。

そしてもう一つ、Pがゆきぽを怒らなくなった事です。先月までは穴を掘ったらきつくお仕置きをしていた人が、何もしなくなったのですから、穴を掘る事が増えるのも当然です。

千早「プロデューサーさん、お話が」

響「…自分もだぞ」

次に抜けたのは、千早と響。千早は一人暮らし、響は沢山のペットを飼っていますからね。支払い拒否を宣言し、Pもそれを受け入れました。

そしてその日の夜、真美と亜美の父親から連絡があり、ご両親の意向により、双海姉妹も支払い拒否となりました。真美と亜美の父親曰く

「事情は聞いた。事務所に直接迷惑をかけているのは娘達ではないが申し訳ない。お金を払えば何でも許されると思うような子になって欲しくない」

との事。他のアイドル達にも聞かせてあげたいですね。

たった一月で半分以下になってしまったゆきぽの損害の肩替わりをするアイドル達。しかも今月四人抜けた為、今月と損害額が同じなら、一人当たり倍近い額を支払う事になります。

律子「ゆきぽの躾、厳しくしないとね」

貴音「ええ、私もぷちを三匹飼ってます故、これ以上は生活に影響が…」

雪歩「ゆきぽは聞き分けの悪い子じゃないし、大丈夫ですぅ」

真「雪歩の言う通りだよ。ここにいるみんなで頑張ろう。ね、春香」

春香「うん!律子さん!しつけですよ、しつけ!」

どうやらゆきぽをしつけて負担を減らすつもりのようです。それが簡単ならこのような事態になっていないのですが…

ある日

バッチイィィン!

ゆきぽ「ぽきゃあっ!」

律子「こら…」

頬を打つ大きな音とゆきぽの悲鳴が事務所に響きました。床には穴。やはりゆきぽをしつけるのは難しいようです。

律子「駄目だって!」バッチイィィン!

ゆきぽ「ぽぴいぃぃ!」イタイッ!

律子「言ってるでしょ!」バッチイィィン!

ゆきぽ「ぷぎぇっ!」

律子「ちゃんと言う事!」バッチイィィン!

ゆきぽ「ぱうぁっ!」ヤメテー!

律子「聞きなさい!」バッチイィィン!

ゆきぽ「ぷぎゃあっ!ぷ、ぷえぇぇぇん;;」イタイイタイ!

一月前は軽く頭をはたくだけだったのに、今では手加減なしのビンタです。それもそのはず、これまで色々な躾を試しても効果がないまま、損害額が先月並になっていたのです。最後にたどり着いたのが体罰でした。以前はPがゆきぽに体罰を行うと怒っていた律子。
自分がそれを行う立場になって、ようやく気がつきました。

律子「(結局これしかないのかもね。あの時は怒ってすみませんでした。プロデューサー殿…)」

泣きじゃくるゆきぽをあやしに春香と雪歩がやってきました。

春香「やり過ぎですよ、律子さん」

雪歩「ゆきぽ、大丈夫?律子さんひどいですぅ!」

律子は二人の非難を受けて思います。

律子「(この子達が、この間までの私か…対案もないのに感情論で『かわいそう』ってね)」

律子「はぁ…疲れちゃったな」

律子はこの月、支払い拒否宣言をしました。

この日はゆきぽの味方だった春香と雪歩でしたが、数日後には律子と同じように、手加減なしの体罰を始めました。

春香「穴を掘っちゃダメ!」ガスッ!

雪歩「聞き分けのないヤツですぅ!」バキッ!

ゆきぽ「ぱうっ…ぽえぇぇぇぇん;;」ヤメテー!

ゆきぽは訳が分かりません。この間まで優しかった人が、急に冷たくなったり、暴力を振るって来たりするのですから。
真と貴音は、その様子を複雑な顔をして見ています。


月末

P「みんな、お疲れ様。給与明細と今月のゆきぽの損害額明細を渡す」

五人の明細はどっちが給与明細でどっちが損害額明細かわからないような額に。

律子「はぁ…仕方ないわね。目が覚めた気分だわ。我が儘言ってすいませんでした、プロデューサー殿」ペコリ

春香「流石にこれはないかな…私も支払い拒否宣言していいですか?」

雪歩「ゆきぽに躾は無理みたいですぅ…私も支払い拒否します」

真「ちょ…ちょっと二人とも!?」

貴音「あなた様、ちなみに全員が支払い拒否したらゆきぽは…」

P「少なくとも事務所にはいられないだろうな。と、なると…後は分かるだろ?」

ゆきぽの損害額を負担する物好きは、真と貴音だけになりました。二人ともぷちが大好きなだけあって、この状況でもゆきぽを見捨てていません。

二人になった真と貴音、今後について話し合います。

真「このままだと今月の給料が更に半分になっちゃうよ…貴音はぷちを三匹飼ってるけど、やっていけてるの?」

貴音「…最近は、ぱんの耳を食べさせるのがやっとで…正直、ゆきぽの為にあの子達が犠牲になっている現状に、少し憤っております」

真「気持ちは分かるけど、ゆきぽも同じぷちなんだからさ。…僕、良いこと思いついたんだ。ゆきぽが穴を掘れなくする方法」

貴音「それは如何様な…」

真「僕のまこちーと貴音のやよ、こあみ、こまみにゆきぽを見張らせて、穴を掘りそうになったら止めるよう頼むんだ」

貴音「それはとても良い案ですね。今日にでもあの子達へ伝えましょう」

真「まこちーにも伝える。これで大丈夫だよ!」

苦しい時のぷち頼り。次の日からぷち四匹でのゆきぽの見張りが始まります。


次の日

真と貴音は仕事。事務所には二人の飼いぷちが預けられています。
ゆきぽを見張りながらも、楽しそうにつぶしまんじゅうをして遊んでいます。
ゆきぽはそれに気がつき、仲間に入れてもらおうと近付きますが

こあみ「とか?」(何しに来たの?)

こまみ「ちー!」(あっち行け!)

まこちー「まきょっ!」(お前なんかと遊ばないよ!)

やよ「うー!」(貴音さん、言ってました。ゆきぽと遊ぶなって)

あまり仲良くすると見張り&制止が甘くなるかも知れない、との貴音の判断で、このぷち達はゆきぽと遊ぶのを禁じられていました。

ゆきぽ「ぁぅ…」ショボン

因みにゆきぽは最近、一人ぼっちで過ごす時間が増えていました。人間のみんなに甘えても冷たくされ、ぷち達にも無視されています。あふぅに虐められている時間以外は、一人ぼっちでした。
そのあふぅが自分を虐めたあと、人間のみんなや他のぷち達と楽しそうに過ごしているのを見るとやるせない気持ちになります。
そんな嫌な気持ちになった時、ゆきぽは床に穴を掘ります。そして今も…

ゆきぽ「ぽぇ~ん;;」スコップ スッ

やよ「!」ダッ!

ゆきぽ「ぽえ」やよ「うっうー!」ガシッ

遊びながらもゆきぽの挙動に目を光らせていたやよ、見事なタックルでゆきぽの穴堀りを未然に阻止しました。

春香「へえ!やよ、スゴいスゴい」

千早「どうしたの?春香」

春香「今やよがアレの穴堀り止めたんだよ!」

千早「アレも懲りないわね。でも、やよはお手柄ね」ナデナデ

やよ「うっうー!」

ゆきぽ「ぽ、ぽえ…」シュン

ちなみに、最近はゆきぽは名前で呼ばれる事がなくなりました。「お前」か「あんた」か「アレ」と呼ばれています。
穴堀りの邪魔をされた上、邪魔をしたやよが褒められているこの状況がゆきぽには理解できません。俯いて段ボールへ戻ろうとしますが…

ドカアッ!

ゆきぽ「ぷぃあー!」

ゆきぽを背後から襲ったのは、まこちーでした。

ゆきぽ「ぽ?ぷいー!」

何でこんな事するの!とゆきぽは抗議しますが、

まこちー「まきょっ!ヤー!」(真さんが言ってた!ゆきぽが穴を掘りそうになったらお仕置きだって!)

ゆきぽ「ぽ?ぽ、ぽえー!」オブオブ

お仕置きと聞いて怯えるゆきぽ。近くの人間に助けを求めますが

春香「へえ、お仕置きはまこちーのお仕事なんだ。よく躾されてるね」

千早「役割分担がしっかりしているのね。もしかしたら成功するかも知れないわ。アレの制御」

助けるつもりなど毛頭ないようです。ゆきぽはまこちーに何発も殴られ段ボールに叩き込まれました。

ゆきぽ「ぱぅ…ぐすっ;;」

ゆきぽはそのまま、お昼までさめざめと泣き続けました。

お昼ご飯の時間になりました。ゆきぽのご飯はドッグフードと水。それが段ボールから離れた床に置いてあります。食べたければどうぞ、と言った感じです。以前は段ボールの近くまで持って来てくれていましたが、最近はずっとこんな感じです。
ゆきぽは泣き腫らした目をこしこしと擦りながら、段ボールを出ます。
飼いぷち四匹もお昼ご飯。まこちーは真の用意したお弁当、やよとこあみとこまみはパンの耳を食べています。
ゆきぽは四匹に気付かれないよう、そっと餌まで向かいます。
四匹の会話が聞こえてきました。

まこちー「まきょ?」(お昼ご飯それだけ?)

こあみ「とか」(うん)

こまみ「ちー、ねーちゃ!」(でもねーちゃがくれたのは何でも美味しいよ)

やよ「うっうー!」(私達は貴音さんの事、大好きですから)

貴音が聞いたら泣いて喜ぶでしょうね。それを聞いて、ゆきぽも泣きました。寂しくて。

何でゆきぽにはあの子達みたいな優しい飼い主さんがいないんだろう?

床に無造作に置かれた愛情の欠片もない食事を頬張り、ゆきぽは思います。そもそも三匹がパンの耳を食べているのはゆきぽが原因なので、そんな事を思うのはおこがましいのですが…

食事の後は、お昼寝の時間。飼いぷち達はゆきぽの監視があるのですが

やよ「うっうー!」(私がちゃんと見ていますから、皆さんはお昼寝してて下さい。何かあったら起こします)

優しいやよが寝ずの番を担当してくれたので、残りの三匹はお昼寝中でした。ゆきぽは段ボールの中でモゾモゾと動いています。お昼寝をしようとしているのですが、なかなか寝つけないようです。やがてゆきぽは段ボールから出て、ぽてっとした手で身体をまさぐりはじめました。

やよ「う、うっうー!」(皆さん、起きて下さい!)

やよが大声で叫びます。三匹はのっそり上体を起こしました。そうしているうちに、ゆきぽがスコップを取り出しました。段ボールだと寝つけないので、穴を掘ってその中でお昼寝するつもりなのでしょう。ゆきぽがスコップを構えます。
間に合わない!そう判断したやよが、弾丸のようにゆきぽめがけて突進します。

やよ「うっうー!」ダッ

ゆきぽ「ぽ、え?」

ザシュッ…

やよ「うっ…うぅ…」

ゆきぽがスコップを突き立てるまさにその時、やよが飛び込んで来た為、スコップはやよの背中に突き立てられてしまいました。

まこちー「まきょ…」コシコシ

こあみ「とか…」ノビー

こまみ「ちー…」ネムイ…

目を覚ました三匹が見たものは、かえり血を浴びて茫然とするゆきぽと、背中にスコップが刺さり、床に突っ伏しているやよの姿でした。

最初に状況を理解したのは、こあみでした。

こあみ「とかっ!?とかーっ!」

ゆきぽに詰め寄るこあみ、ゆきぽは完全にパニック状態です。いつもなら怯えて動けなくなっているのですが

ガンッ!

こあみ「とかっ!?…ぁ…」

何と反射的に、こあみをスコップで殴打しました。ゆきぽ本人も分かっていないでしょう。こあみは吹き飛び、壁に激突しました。
こまみはこあみの元へ駆け寄ります。そして、まこちーはゆきぽの元へ。怒りに身体を震わせながら。

騒ぎに気がついて駆けつけたPとアイドル達が見たものは、動かなくなったやよとこあみ、そのこあみの手を握り泣いているこまみ。
そして腹を抑えて踞るまこちーにスコップを振り上げるゆきぽの姿でした。
Pが慌ててゆきぽとまこちーの間に割って入り、ゆきぽを蹴飛ばしました。

ゆきぽ「ぽぎいっ?!」

P「春香、雪歩!まこちーを頼む!」

春香「はい!まこちー、お腹見せて?」

雪歩「ひどい傷…早く止血しないと!」

P「テメーはっ…!何やってんだゴラアッ!」

ゆきぽに怒鳴るP。ゆきぽは真っ青です。Pはゆきぽの襟首を掴んでまくし立てます。

P「…お前はやっぱりあの日に殺してなきゃダメだったんだ!穴堀るだけに飽き足らず、こんな酷い事しやがって!貴音と真に何て説明すりゃいいんだ!あ?何て詫びたらいいんだ!おい!」

ゆきぽ「ぽ、ぽえぇぇぇん!;;ぽえぇぇぇん;;」

千早「プロデューサーさん!今は早く、まこちーを病院に!」

千早に呼ばれて我にかえったP、ゆきぽを忌々しげに段ボールに叩き込んだ後、急いで車の準備をします。

P「春香、千早。まこちーの傷口しっかり押さえてやってくれ。雪歩は…事務所に残って、もし俺がいない間に貴音と真が帰ってきたら状況を説明してやって欲しい。嫌な役回りかも知れないが、頼むよ」

雪歩「…はい」

P「じゃ、落ち着いたら事務所に一本連絡入れるから」

そう言い残して車は猛スピードで発進します。それと入れ違いで律子の車が戻って来ました。貴音と真も乗っています。

律子「もしかして、今すれ違ったの、プロデューサー殿?随分急いでたみたいだけど…」

雪歩「…説明しますので、事務所へ」

車を降りた律子とアイドル達を先導する雪歩。階段を昇り、ドアを開けたその先には、信じられないような惨劇が待っていました。

貴音「…これは?」

こまみ「ちっ?!…ねーちゃ!ねーちゃぁああ…!」

声を聞いて一心不乱に貴音に駆け寄るこまみ。その身体には血が付着しています。

貴音「…貴方は大丈夫なのですね。良かった…」ナデナデ

こまみ「ねーちゃ!ねーちゃあぁぁ!;;」

貴音「壁際で倒れているのがこあみ、段ボールの前で倒れているのがやよ、そしてう段ボールの中にいるのが、恐らくその仇…!」ギリッ!

真「…ねえ、まこちーは?まこちーはどうしたのさ?雪歩」

雪歩「たった今、プロデューサーさんが病院に連れて行ったよ…春香ちゃんと千早ちゃんが付き添って…お腹、ひどい傷だったよ」

真「ねえ雪歩。これ、やったのゆきぽ?」

雪歩は小さく頷きます。泣き崩れる貴音と真。

真「…僕がいけないんだ…ぷち達にゆきぽの見張りなんか頼まなかったら、こんな事にならなかった…ごめん、貴音。僕のせいで…」

貴音「貴方のせいではありません。どうか自分を責めぬよう…この件は私にも咎はあります。なので…ぅぅ」

自分達の軽率な計画が原因で、愛しい飼いぷち達を傷つけられ、殺されてしまったのです。その悲しみと後悔ははかり知れません。
抱き合って慟哭する二人。ひとしきり泣いた後、その心に宿るのは、怒りと憎しみ。あの害獣に情けをかけたばかりに、大事な家族が…

貴音は静かに立ち上がり、やよとこあみの遺体を事務所の外へ。こまみにも事務所の外で待つよう伝えます。

貴音「私のこれよりの所業、あの子達には見られたくない故…」

真「僕も、まこちーには見せられないや…こんな鬼みたいな顔」

真が段ボールに近づき、中を見ます。そこには顔を真っ青にして怯えているゆきぽ。Pの怒号がまだ耳に残っている様子。しかし、そんな事はお構い無しに、真はゆきぽのサラサラの髪を掴み、顔の高さまで持ち上げます。

ゆきぽ「ぷぃ?!ぷいぃっ!」ヤメテー!

真「…まこちーのお腹、ひどい傷なんだってさ…ふんっ!」ドムンッ!

ゆきぽ「ぽぐえっ!ぽえろろろ…」ゲロー

プニプニのお腹に鉤突き。ゆきぽは堪らず嘔吐します。

真は吐瀉物の上にゆきぽの身体を叩き付け、尚も執拗に腹部を拳で打ち据えます。

ゆきぽ「ぽぎぃ!ぽぐえっ!ぽぎゃ!ぽんがあっ!」

腹を打たれる度に短い悲鳴を上げ、びくんと身を捩るゆきぽ。真は尚もゆきぽを責め立てようとしました。が、

小鳥「真ちゃん!今プロデューサーさんから電話があって、まこちーちゃん、命に別状はないって!」

それを聞いた真、一瞬、微笑みました。ですが、喜びを表したのはその一瞬だけ。自分より深い悲しみの中にいる仲間の前で、喜びを表に出すのは不謹慎だと考えたからです。

貴音「真、良かったですね。律子嬢、真をまこちーの病院まで連れて行ってはいただけないでしょうか?まこちーも喜ぶでしょうし」ニコリ

律子「真、すぐ準備しなさい」

真「あっ…うん!…ごめん貴音、行ってくるよ」

貴音「まこちーには、笑顔を見せてあげるのですよ」

慌ただしく事務所を後にする律子と真を見送る貴音。その顔には、少し寂しそうな微笑み。しかし、やよとこあみの仇を見るや否や、表情は一変します。

ゆきぽ「ぷいぃぃぃ…ぷいぃぃぃ;;」ジタバタ ジタバタ

ゆきぽは何度も腹を突かれて地獄の苦しみを味わっているようです。プニプニの真っ白だったお腹は、青黒く変色していました。ぽてっとした手でお腹を押さえ、丸い足をバタバタさせながら床を転げ回っています。

貴音「ところで雪歩、貴方はいつもスコップを持ち歩いているのでしたね。貸してはいただけませんか?」

雪歩「ぁ…はい、これでよければ」スッ

貴音「有難うございます。もし、壊してしまったら後日弁償致します。…今の私は仇に対して手加減、できかねます故…」ギリッ

雪歩「ひっ…」

スコップを肩に担ぎ、貴音はゆきぽの元へ。

ゆきぽ「ぷいぃぃぃ…;;ぽ、ぽえ。ぽえ」オブオブ

するとどうでしょう。腹の痛みにのたうち、泣いていたゆきぽが、貴音に向かってオブオブとし始めました。ゆきぽの目の前には、お昼のぷち達の会話に出ていた優しい飼い主の貴音がいるのですから。
きっとこの人なら、ゆきぽに優しくしてくれる。

そう思って、ゆきぽはオブオブします。

優しい貴音さん、ゆきぽ、お腹痛いの。さっきからいっぱい怖い事されて、痛い事されてるの。優しくしてよ。抱っこしてよ。頭なでてよ。お腹擦ってよ。

ゆきぽはそう訴えます。恐らく今、一番自分を憎んでいる相手に向かって。
貴音は担いでいたスコップを両手で構え、深呼吸を一つ、そして、媚び笑いをしつつオブオブしている憎い仇の顔面をスコップで思い切り殴打しました。

貴音「…ふん!」ガッキィーン!

ゆきぽ「ぽ、ぽんぎゃあぁぁぁあ!!」ドスッ!ドサッ

横殴りに殴りつけられたゆきぽ。吹き飛び、壁に叩き付けられます。

ゆきぽは混乱していました。優しい貴音さんなら、優しくしてくれると思ったのに。どうして?どうしてゆきぽには、誰も優しくしてくれないの?どうして皆、ゆきぽばっかり虐めるの?
何をしたら優しくしてくれるの?

そんな事を考えているうちに、頭がクラクラして来ました。貴音の一撃はゆきぽの頭蓋骨を粉砕し、脳にダメージを与えていたのです。貴音はゆきぽをうつ伏せにし、背中にスコップを突き立てます。

貴音「ゆきぽ、貴方、否、貴様は決して許されない事をしてしまったのです。報いを受けなさい」グシャッ!

ゆきぽ「…ぽひ」

最期に、間抜けな声を上げ、ゆきぽは絶命しました。背中に穴を空けられて。

全てが終わり、こまみを抱きしめながら、貴音は帰りました。泣きながら。
やよとこあみの亡骸は、後日火葬し、ペット霊園に納骨しました。

あれだけ溺愛していた二匹を一度に喪った貴音の心の傷は深く、立ち直るにはまだ、時間がかかりそうです。

都内 某所

P「…あの害獣、貴音の心にまで穴掘りやがって、クソが…」

そう呟いて、Pは目の前のドブ川に唾を吐きます。ゆきぽの死体を棄てたドブ川に。
ゆきぽはこのドブ川の底に、生前と同じく、一人ぼっちで眠っています。


『愛誤』の末路 終わり

  • 最終更新:2014-11-30 07:56:09

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