あふぅに味わわせるおにぎりと絶望(仮)

生物である限り、どの動物も基本的なことは変わらない
生きているのは後世に伝えるため、子孫を残すためだとか
そのために天敵から身を守る術を身につけるだとか、そのための生殖方法とか

世にも奇妙なぷちどるたちにも、きっと何らかの生存理由があるわけで
虫や微生物に”生きる価値なんて無い”と言い放つのと同じように
どんなにちっぽけで害のある存在でも、そいつら自身はただ子孫を残すために生きていたりするのだ

そういう観点から見たとき、このあふぅというやつの”発情期”とは一体なんなのか
調べたところによるとこいつはある程度慣れ親しんだ”男”なら誰でもいい
人間でいうところの尻軽女やビッチに該当するが、それは倫理的観点においての話だ
ただ子孫を残す、という意思に基づくならば、確かに間違ったことではないのだが

観察を進めていても、一向に生殖行為らしきことには進まないことがわかった
まあ生物といえど、現在の科学において判明していることが前提だ
これからするのか、ただ発情しているだけなのか、今のところ俺にはわからないが
奇妙な生物の真意など、別に知らなくともよい。ただ俺としては、こいつが嫌いで、害であるだけだ

生物として生きようとするこいつに、生物なりにある程度の尊厳を持って死んで欲しい
そう願う俺がここまでしたのは、”絶望”を味わってもらうためだ
どこまで言っても絶望しかないそんな最後、それは動物相手では味わえない
今のところ人間同士でしか成り立たないことがもしお前で味わえるなら、せめてプラマイゼロになり得よう

「はにぃ♪」

今日も早速張り付いてきた。この鬱陶しさは慣れることがない
ただし俺は誰も居ない事務所でそいつを強引にひっぺがし、壁に叩き付けるなんていう野蛮なことはしない

「ほらあふぅ、離れて」

「やー!!」

と駄々をこねるもしばらくすると離れ、俺の腕の中に落ちる
ここまでの信頼を得るのには結構な労力を要した

こいつらはある程度”感情”を持っていて、それを表に出す事ができる
その中に発情期なるものがあるならば、いわゆる性的嗜好もどこかしらにあるのではないか、と考えた

生え変わった髪の毛を、膝の上で抱きかかえながらチョイチョイと触ってみた

「……ん」

鳴き声、というより吐息まじりの声を出す。いわゆる喘ぎ声なのだろうか
他にも胸や股の方、体全体をいじくり倒してみた

「ぁー、はに……ぁー」

そして大体3日くらいかけて、こいつの”性感帯”をマスターすることに成功した
もちろんそれをどうしたところでどうもならないし、俺もどうも感じないのはやはり異種であるからなのだろう

これはいわゆる餌である
またも生物として前提の話になるが、有名なのはパブロフの犬、他にも猿の麻薬中毒実験などがあるだろう
ペットの犬で考えれば散歩をしてもらえたりするのが嬉しい、餌がもらえるから頑張る、そんなことだ
本能、欲に従うというのが生き物の性質であり、これはもちろん人間も例外ではない
こいつらだって流石に無機物でもなく、欲をコントロールできるほど高尚な生物にも見えない
だからこそ、”最高の飼い主”になってやるのだ

まずはそう、発情期というのを利用して、そいつがもっとも欲しているもの。それは単純に雄だ
”男”として俺が最も優秀であることの証明、それこそがあふぅ攻略への大きな一歩になりうる
今更だがこの際あふぅが生物学的に雄か雌かなんてどうでもいい
ただそれが利用できるから、というところである

あふぅはこの事を知ってから、他の男より俺を自発的に選ぶようになった
ただし、それでも見境無く、俺の手があいていないときは真や社長を見つけては張り付く
それでも俺がそれを見かけて、後ろから一撫でしてやると蕩けたような表情をしながらこちらにくるのだ
その度にご褒美と称して、最高の性感マッサージをしてやる

もう涎を垂らしながら悦に浸っているあふぅの表情は俺を苛立たせるのに最高の材料で
不快な空気音と妙に高い鳴き声をシャットアウトしながら、目を瞑ってそれに耐えた
これだけすれば、後に楽しみが積もっていくというもの
さて次の段階だ
あふぅにはとびっきりの贅沢をさせる
おにぎりは欲しいときにあげる。それだけではなくて、食べたそうなときに率先して
それでも感謝なんて忘れて、ただあ、うん。当たり前でしょ?と言った様子で受け取り食べた後は寝る
寝ているときは毛布をかけてやったり、起きたときは例のマッサージ
ただあふぅだけにやるのでは意味が無いのだ

と言っても他のぷちどる全員にも同じような接待をするつもりはない
その逆で、ただひたすらあふぅをひいきするのだ
あふぅがちょっと眠たがっているとき、自然と段ボールへ誘導する
そこにはゆきぽが寝ているのだが……容赦なく転がしてあふぅを案内する

「ぽ、ぽえっ!?」

「ナノ……」

あふぅはもうそれが当たり前、と言った様子ですぐ寝息を立ててしまうがゆきぽはそれどころではない
あのゆきぽと言えど、睡眠を邪魔されるのはちょっと辛いみたいで
それもこれが初めてではない。どうして私だけ、と言った表情をみせてくる。だから俺は

「邪魔なんだよお前、あふぅがぐっすり眠れないだろ」

「ぽ、ぽえぇ……」

そう言って追い払うのだ。軽く手で払いのけ、去った後もそっちの方を向いてぶつぶつ文句を言う
ゆきぽならもうそれくらいであふぅには近づかなくなるだろう。でも、それだけでは終わらない
ちひゃーが歌の練習をしているところに、あふぅが飛び込んだ。
マイクを奪って胸に当て、いつものように挑発している
まあ日によってちひゃーも気分があるのだろう。今日はいつものように叫ぶのではなく、無視と来たか

「おいちひゃー」

「くっ?」

「何で無視するんだよ。あふぅが何か言ってるだろ?」

「くっ! くっ!!」

お前が何を言いたいのかは手に取るように分かるが、今の俺にはわからない。ということで
あふぅからマイクを優しく奪い取り、エアマイクで頑張っていたちひゃーをマイクで殴りつける

「く゛っ!!?」

「あふぅを無視するな」

「く……」

「なぁ、あふぅ?」

「ナノナノ!」

おぉすごい、ここまでしてるのに涙一つどころか一緒に笑っちゃってるよ
あふぅの調教は順調すぎるくらいだが、まあこの調子ならなんてことはなさそうだ

きっとあふぅにとってはもう俺はペットみたいなもんなんだろう
それをするのが当たり前。そうでしょう?お嬢様気分
あふぅにだって少しくらい親切心なるものがあったかもしれない。でも、元から少なかった
だからこそ、こんな甘い甘い生活を送っていたら、そんな他人のこと気遣うだけ損だもんなぁ
何をしたって俺が尻拭いをしてくれる。だからもう、あふぅは俺なしでもやりたい放題

でもな、これをぷちだけにやったってしょうがない訳だ
この事務所には、アイドルがやってくる。それも、ぷちが大好きな。
だが、すでにあふぅはお前達の手に負えないほど傲慢で、エゴの塊に成り果ててしまった

撫でようとした女には噛み付けと教えた。それはもういろんな方法を用いて、刷り込んだ
はるかさんのように生まれもって噛む力がほどよいわけではない
つまりあふぅに本気で噛み付かれると、危険を感じるのだ
アイドルは徐々にあふぅから離れて行った。特に意識しないくらい
あふぅだってそれで何の問題も無かった。元から興味があるのは男なのだから。そしてもう、今の段階では尚更
ところが最後の砦が出現する。もちろん、予想済みなのだが。

「プロデューサー、ちょっといいですか?」

「どうした、律子?」

「最近あふぅが手に負えないって、皆から苦情が来てて」

「発情期だからな。女には厳しいのかもしれない」

「そういうことなんですかね……」

「俺もちょっと危険は感じてた。だから律子から言っておいてくれないか?
 この夏が終わるまで、あふぅのことは完全に無視してくれ。って」

「無視、ですか」

「多分ほら……発情期って言ってもいろいろあるだろ? その相手との時間を邪魔されたくない……っていうのか
 とりあえず俺の言う事は聞くみたいだし、しつけてみる。もしダメなら……またそのとき考えるからさ」

「……わかりました。それじゃ、皆に伝えておきますね」

俺としても別にタイミングを見計らってた、とかそこまで綿密な作戦を練っていたわけではない
ただ、どちらかと言えばあふぅが染まる速度が早すぎて驚いたくらいだ
基本あふぅはもう、俺の膝で過ごす事がデフォルトになった

ちょっとトイレに立つ、振りだが。それでもついてくる
だがダメだ、と引き止めておにぎりを餌にしてやると、すぐ離れる
この期に及んでおにぎりの方が大切なんだ、というのもまたあふぅらしい

なかなか戻ってこない俺にちょっと苛立つあふぅは、腹いせに寝ていたこあみをボコボコにし始めた
この単細胞は暴力の際限を知らないらしくて、親切どころか思いやり、友情、倫理観まで失ってしまったらしい
だがもう何度も何度も被害に合っているこあみはすぐにそこから逃げ出した
同じように珍しく集まっていたこまみ、ぴよぴよも同じようにして

一度たかにゃがお説教に来た。俺が殴ろうとしたら、逃げて俺に飛び蹴りを食らわせやがった
その一日、たかにゃをひたすらマークした。何をしたわけでもなく、もうただひたすら
手をだされなければたかにゃとしてもやりずらいのか、最後には気迫に負け泣き出してしまった

ちっちゃんがお説教に来た事も合ったが、もちろん瞬殺。とは言え、殺してはいない
他のぷちも散々やられた。もう、あふぅが寝ようと動き始めたらシマウマの如く皆その場から逃げ出して

アイドルたちも律子からの話を聞いて、もう納得したようで
これが見事に噛み合って、逃げたぷちどるはアイドルに回収されるのだ

それでもあふぅは満足そうにひとり事務所の一角を占領したまま
涎を垂らしておにぎり片手に眠るのだ

だが、それも今日までだよ。あふぅ

目を覚ましたあふぅがふと横をみると合ったはずのおにぎりがない
そう思うと余計にお腹が減って、俺のことを探し始めるも、見つからない
あっという間にイライラして、ちょうど目についたゆきぽを捕まえる

「ナノ!」

「ぽ、ぽえっ!?」

もう触れられただけで恐怖に怯えるゆきぽ
何をしようというわけでもなく、もう暴力の快感にでも目覚めてしまったのか
ちょうどやってきたアイドルや数体のぷちたちに押さえられ、その場はことなきを得た
だがもちろん、それにご立腹のあふぅ

「ナノッ!! ナノナノナノー!!!」

もう辺り一面の机のものをなぎ倒して、挙げ句の果てにはパソコンやら何やら全部をひっくり返した
当然謝りもせず、むしろ得意そうな表情で、最後に一発ゆきぽに蹴りを入れる

「ぷぃい……」

痛みに泣き叫ぶゆきぽをよそに、高笑いしながらいつものテリトリーに戻るあふぅ
ゆきぽは他のぷちたちに慰められ、事務所もアイドルたちで片付け始めた
これが一度目ではないという、嫌な慣れがあったためその動きは比較的スムーズだった

それでもあふぅの怒りは収まらない
せっかく治った机を、もう一度ぶちまけて
危うくペン立てのはさみが頭に刺さりそうになって、一人が気遣い声をかけると
その声に腹を立てたのか、アイドルの顔面めがけて思い切り飛び蹴りをかましたのだ

すんでのところで避けたものの、それでも痛みがあったらしく
何人かに付き添われながら、その部屋を出て行ってしまった
あふぅは、もう至極当然のようにその様子を見ていた
ぷちたちも、その様子を見て、自然と部屋から出て行ってしまった

そして残されたのは、散らかった事務所と、あふぅ

「……ナノ!!」

怒りに任せて床に散らばった書類や文房具をコレでもかとかき乱す
あまりに勢いを付け過ぎて、自分の手が痛い

沸騰しそうな頭がようやく冷えてきて見渡すと
そこには誰もいなくて。また苛立ちそうになって

でも、結局何もすることがなくて……

あふぅはやっと孤独になった事を知った。否

「あふぅ」

「は、はにぃいい!!!」

それこそ俺を殺しにくるんじゃないか、ってレベルで顔に飛びついてきた
この瞬間とどめを刺してやろうかとも思ったが、まだこらえるんだ俺

いつもの合図、背中を2回叩くと嬉しそうにこちらを見ながら、俺の腕で落ち着くあふぅ
そして俺は辺りを見渡してからあふぅに声をかける

「これはお前がやったのか?」

「ナノッ!!」

そんな得意げな返事があるか。そう突っ込みたかったくらい、いい返事で
渾身のドヤ顔にボルテージが溜まりながらも、話を進めていく

「偉いな!!」

「ナノ!!」

褒められて嬉しいあふぅ。もう、これは理屈抜きで嬉しいだろう

「よしよし、ご褒美におにぎりをやるからな」

「ナーノーナーノー♪」

陽気に歌を歌いながら俺を待っているあふぅには、さっきまでの不安はもう残っていなかった

「……あ、すまんあふぅ。おにぎりなかった」

「ナ……ノ?」

「ごめんごめん、後で買って……痛っ!!」

「ナノ!!!」

激怒。もうおにぎりがない、という声を聞いた瞬間だった
こいつの運動能力はやはり侮れない。が、いくらこいつを研究したと思ってきている

「……そうか」

「ナノナノナノ!!」

「……」

「ナ……」

バタン。俺は何も言わずに、その場を後にした
怒りに任せて、また事務所を荒らすかと思ったが
俺が出て行ったあとも、何も言わず……ただ俺がおにぎりを持ってくると言った冷蔵庫をじっと眺めて

やつの思考など、どれだけ研究したところでわかるはずがない。
だからこそ、どれだけその予想が当たっているかで、俺の達成度が変わってくるのだ
今やつは、おにぎりと俺を天秤にかけているのだ。いや、そうでなくてはならない

おにぎりがない、ということに切れる。ここまでは当然予想通りで、あふぅとしても無意識の行動だろう
だが、この状況下におかれたら、どう思う?

お前はさっき、全員に見放されたんだぞ?
目の前で俺以外の生き物を突き放したんだぞ?
なら、誰がお前の味方かよく考えてみろ?お前の立場を、よく理解してみろ?

ただしもちろんそんなすぐに変わるとも思えない。用心には用心を重ねて
結局あふぅは、そのまま疲れて眠ってしまった

ふと目を覚ましたら、そこには俺を含めた人間が数人と、ぷちが数体
おにぎり欲しさに叫ぼうとするも、さっきのことがあって少し思いとどまる

「……はにぃ」

まあお前の魂胆はわかっている。とりあえず今はおべっか使っておにぎりを手に入れて
また次簡単にとれなかったら、手なり足なりで抵抗すればいい。と

だが俺は、頭を撫でてやるだけで何もしない

「……はにぃ?」

あふぅは依然として表情を変えないまま、ゆっくりと俺の膝に上ってこようとする
尻をこすりつけながら、いつものようにマッサージをしてくれとねだりながら
どうせその深層には、早くおにぎりを出せこの使えない野郎が。と
下手をすれば、私の体を好きなだけ触れるんだから!と、鼻高々に思っているのかもしれない
だからこそ俺も表情を変えず、ゆっくりと手であふぅを押しやって膝に乗せるのを拒む

「……はに」

もうこの時点であふぅとしては動揺していた
ここで叫んでいいものか、もうあふぅには思考できる話ではなかった

「……ナノ!!」

とりあえず納得いかないので、俺の足に蹴りを一発
しかしプロテクターを付けてきたから、痛くも痒くもないので表情は変えずそのまま無視だ

「~~~!!!」

もうこうなると手がつけられない
せっかくさっき片付けた部屋が台無しだ

そしてまたも、ぷちやアイドルに八つ当たりをする
声を張り上げて、おにぎりを出せと喚き散らす

「ナノナノナノーー!!!」

ぐしゃぐしゃになっていく事務所を、あふぅ以外の生き物はただ傍観するだけで
いくら殴られても、蹴られても、誰一人として抵抗はしない、声もかけない
だからまた焦って、あふぅはもう力任せに……
……さて、仕上げだ

「……これはもう、無理だな」

「……」

「とりあえずさ、次海外ロケだろ? 俺留守番してるからさ」

「……わかりました。それじゃ、お願いします」

「あふぅは、いいだろ?」

律子に了解を得た。沈黙は合意だ。まあ、当たり前だろう
その会話をしている最中も、何度も何度も俺の背中に蹴りを入れてくるあふぅ。無視だ
そして……その矛先が律子に変わった瞬間、俺はあふぅを床にはたき落とした

「ナノッ!?」

「それじゃ、気をつけて。事務所も任せてくれ」

律子はもう何も言わず、その他のアイドルとぷちに軽く声をかけると
それぞれあふぅを一瞥すると、その暗い表情のまま事務所を後にした

あふぅの焦点は合っていなかった
それは怒りか、単に目が悪いのか、それとも別の何かか

誰にも相手にされなかった気持ちはどうだ?
お前の傲慢さが生んだ結果だということは理解できたか?

理解できないだろう、お前じゃ
所詮今震えているのも、結局自分じゃ何か分かってない

俺はゆっくりと、その無表情を貫いたままあふぅに近づく
あふぅはただ訳もなく震えたり止まったり、そしてこっちを見て

「はにぃ!!」

精一杯の、何だ? ラブコール? それとも、命乞い?
俺の方もよくわからなくなってきたけど、そろそろだから

足下には、あふぅ
あふぅは俺を見上げたまま、俺はどこを見ているわけでもなく

数秒の間を空けてやる

何が起きるのか、不安だろう? そうだ、これからの事を想像するんだ
心の中を不安で満たしていくんだ。どうせお前に、自責の念なんてないだろう?
ならもう、ただ俺を信じるしかないだろう?この後俺が何をするか気になるはずだろう?
さぁ、あふぅ


俺は、あふぅに触れた

過去最高の笑顔で、あふぅを抱きかかえてやる
もうそれはきっと、鏡をみたら笑ってしまうような最高の笑顔。作り笑いで
それでも今まで氷のように固まっていたあふぅの表情は和らいで

「はにぃ!」

なんて、声が出せるようになったじゃないか
俺はそれに答えるよう、強めに撫でてやるんだ

この時点で、もうお前は俺のものだ
まあおにぎりと俺とを並べたら、まだおにぎりに逃げるかもしれない
でも今のお前には、おにぎりは見えてないだろう?

そんな俺は、意気揚々と事務所の端へ移動する
用意しておいたのは、鉄の格子。なんともベタだ

いつもなら警戒を怠らないあふぅも
この今一瞬、残念なことに、雌の顔になってしまっていて

俺が思い切り檻の中に放り込んでやったのに気がついたのは
多分、5秒くらい後だ

「……はにぃ?」

ライオンが入っても大丈夫な感じの檻に、格子を付けてもらった
きっとお前でも、安心してそこで暮らせるはずだ
とは言ってもお前は聞かない。きっと抵抗するだろう。今までだったら
もう今は考えるのが精一杯で、一瞬見えた幸せを見失って

ただ、俺を見ている

今更ながら、手っ取り早く絶望してもらう方法としては、”裏切り”だ
こんな感情、人間にしかあり得ないことで
信頼なんていう、なんの保険にもならないものを自分で勝手に枷にして
思い通りに行かなかったから絶望する、なんて言う風に言ってしまえば人間だって高尚とは言えないが
結局、単純で面倒臭い知能を持ったお前らぷちどるは、絶望するんだ

今ここで、鉄の檻にいれられたということは、別に何も意味しない
ただ放置したところで、戻ってくればそれでよし
檻から出せば、またお前のはにぃ!が聞けるんだろうな

ここでお前を絶望させるにはどうしたらいいか、というのは
もう少し時間が経ってからになる

とりあえずお前はそこで、悩んでいてくれ
俺は、帰るとしよう


事務所から俺が消えて、辺りが暗くなっても
あふぅはただ一つ前のことしか考えられなかった

ただ自分一人になったときに見せてくれた、俺の笑顔
そうして自分が今こうしてここに居る事
俺の言う通り、今までなら叩いて脱出を試みてたかもしれない
でも、何をしたってきっと無駄なんだろうって、分かっていたし
ここにいることに、何か意味を感じそうで、感じていたかったから
あふぅはそんなことを、別にわざわざ思考せずに……ただ、思っていた

そして翌日
空腹と言う単純な欲に、少し疲れ気味のあふぅ
とはいえ寝てしまえばそれも少し楽になるということもあって、今は絶賛爆睡中か
昨日そのままだった事務所を軽く片付けて
ようやく一段落つけそうなところで、あふぅは目を覚ました

いつになく寝付きが悪かった昨日
とにかくわけもわからぬまま、ここに入れられて……
お腹が減った。反射的に、俺のことを探した
いた!……と、ぼやけてよく見えない
その視力が徐々に回復して、そこに見えたのは



ゆきぽとちひゃーが、俺と楽しくおにぎりを食べている姿だった



あふぅは、絶望した

本当に、安い絶望だよ
でもお前はさ、こういう絶望が似合うんだ
傲慢なやつほど、ちっぽけなことで傷つくもんさ
でも、絶望して死ねるなら楽なもんだよ。残念ながらお前はまだ、死ねない

「ナノ……」

とか

「はにぃ……」

とか

きっと何かつぶやいているんだろう。いや、もしかしたらずっとただ呆然と
でも俺に確かめる術はない。なぜならば、その檻は防音されているんだ
どうしてかって、俺が今まで耐えてきたことだ。お前の声を聞けなくなって、清清しいなんてもんじゃない
それにゆきぽやちひゃー達も驚くからな

強欲というのはそれだけ自らのハードルを上げてしまっている、ということにすら気がつかない
相手が何をしてくれる、こうするだろう、と相手任せにしているつもりでも
それは結局その自分にそれだけの価値があるか、ということにつながる

だからこそ、欲が満たされなかったとき、相手に裏切られたときに自分の価値を知る
今まで見下した物が多ければ多いほど、立場は一気に逆転する
きっとお前は特になんとも思わず、ゴミだとか屑だとか、別に言い放ってたわけでもあるまい
ただ自分の欲を満たすため、邪魔なものは暴力で黙らせ、という環境にしたのは俺なんだが
好き放題やってきた。もしかすれば、俺にだって名前がついているか微妙だな

お前が何とも思わなかったような連中に
歯牙にもかけなかった連中が、お前だけを慕っていた俺が、唯一お前を慕ってくれる俺が
自分に見せていた笑顔を、大好きなおにぎりと一緒に、楽しんでいる

あふぅの心に、訳も分からない謎の重みがのしかかる

疑念と怒りが渦巻いているだろう
どうして、なんで? 私のことは、遊びだったの?
なんでそいつらと、私は? ねぇ、早く私にもおにぎりを渡してよ

横目で確認すると、檻を静かに叩くあふぅが見えた
なるほど、お前みたいな生物でも”絶望”が”怒り”に勝ったか
結局あふぅは特に大きなリアクションも見せず、檻に張り付いてただ俺たちの様子を見つめていた

そして、怒りがなくなると一体どうなるか
悲しみがやってくるんだ。想像もできないような、悲しみ。怒りにも似たような、もうどうしようもできないような
俺はちひゃーとゆきぽと楽しい食事を過ごしてから、二人を肩と腕に乗せて檻へと近づいた

ただ呆然と立ちすくんでいるあふぅの視点は徐々に上に上がっていき、俺の顔をじっと見つめていた
防音下降のために施した、周りのプラスチックをコツコツとつついて、あふぅに問いかける

「ナ、ナノ!!」

あふぅはそれをみて、きっと本能的に
謝るから、許して! お願い助けて!
いろんなジェスチャーを交えて、必死に訴えかける

それを見て俺は微笑む
そして、ゆきぽたちに話しかけるのだ

「なんか言ってるよ、面白いよなコイツ」

あふぅはしばらくジェスチャーを続けていたが、俺の笑いがそういうものでないと悟ると、その動きを止めて
肝心のゆきぽとちひゃーはというと、ただあふぅを見つめていた
それでも、圧倒的上から。物理的にも、立場的にも
二人は何を思うだろう。今までひいきされてきたこと、一応あふぅになすり付けたからこそ今こうして懐いてもらえているが

檻の中に入れられて、何もできずただ喚き散らして
今まで皆に迷惑をかけてきたことを思うと、確かに。なんて納得して
自分がこの中に入れられたら……なんて不安もしながら
結局、滑稽に思うんだろうな、お前らは

「くっ……くっ!」

「ぽ、ぽえ~!」

「ナ、ナノ……?」

おやおや、俺につられてゆきぽやちひゃーまで笑い出してしまったか
あふぅはもう、それを見て……何をするんだろうな
俺は挑発の態度をさらに強くした
あふぅの同じ目線くらいまでしゃがみ込んで、コツコツと檻を叩く
それを見てまた媚びたり、怒ったり、いろんな表情で俺を楽しませてくれる
あの不愉快な声が聞こえないだけで、お前は結構面白い見世物になるのかもしれないな
入ってくるときはすっかり怯えていたちひゃーとあふぅも、俺から降りてそれぞれ楽しみ始める

中と外、これほどまでに違う世界
あふぅはもう、絶望していた。していたからこそ、抵抗したかった
自分の声しか聞こえないこの檻の中にコツコツ響く音が妙に気に障って
3人の気持ち悪い笑みを見たくなくて、檻の端の方に移動するも、音が気になって
もう、ほとんど無意識で思い切りおりに飛び蹴りをかました
一瞬、ゆきぽとちひゃーはビビるも、結局それで何も起きないとわかると
その煽りは一層激しさを増して、あふぅは不貞寝する以外になかった

どれくらいの時間が経っただろう
一日に何度も昼寝をするあふぅですらここまで、しかもほとんどが状態の悪い睡眠だ
目をこすりながら、今日何度目か分からない空腹にまた頭に血が上る
しかし、見渡す事務所は暗く、またも軽い絶望を感じた
この辺りでようやくあふぅは自責の念を感じ始める
もしかしたら、欲張り過ぎたから……? その、罰なのかな

だがそんなに簡単に性格が変われば楽なもので
結局は自分自身を騙しているだけ。お前は、そんな正当化をする価値も、権利もない
ただただ自らの強欲に堕ちて行くお前が見たいんだよ

だから俺はただ涙を流しているあふぅに、差し入れをしてやる
全く気付いていないあふぅは、頭への衝撃に声を上げた

「……ナノッ?」

そこに見えるものが本物か疑うほどだった
頭に落ちてきたのはおにぎりだった

ゆっくりそれに近づき、らしくない表情のまま手にとり
そして、一口。……これだ

また涙を流したあふぅ。もう、これしかない、というくらい嬉しさを噛み締めながら
でも持ち前の強欲精神を止める事はできず、気がついたら二口目でそれはなくなっていた

食べたい。やっぱり食べたかったけど、一回食べると余計に食べたい。
そう思うあふぅの姿はもう実験動物そのものでつい笑いそうになり、俺は観察するのも一苦労なくらいだった

上から降ってきた。というのは檻の口が上にもあるからだ。
ちょうどおにぎり一個分の口。元々完全防音ではないにしろ、開ければやはり声は聞こえてくる
だからこそ、その動きは出来るだけ早く。そして気がつかれない事も重要だ
それでもあふぅはただひたすら上を見て、首が疲れたら仰向けになって
月を眺めるかのように、ただただ天井を見上げて今日一番幸せそうに眠りについた

その翌日
あふぅは目を覚ますと明るい事務所が戻っていた
しかしそこには人影もぷち影もみえず、おにぎり一つでは飽き足らないと言った様子で腹の虫を鳴らす

「ナノ……」

特になんてこともなくただ溜息をつく
おにぎりをひとつもらえただけで、ここまで精神状態が安定するとは
そうして、体力も”らしさ”も取り戻したあふぅの元に昨日より多くの仲間を連れて事務所へとやってきた

行うのはおにぎりパーティだ
皆おにぎりは嫌いなわけじゃない
それこそ誰かさんを彷彿とさせるから、嫌いになりそうだったやつもいるんじゃないか?
律子に連絡を取り、一人じゃさみしいからよかったらぷちを(みうらさんで)送ってくれと頼んだ
今日はほとんどのぷちどるたちが事務所に勢揃いというわけだ

その様子を見た矢先、あふぅは昨日だったかおとといだったか諦めかけていたはずなのに
檻に向かって激しい抵抗を見せた。そこには激しい怒りと……食欲?

「ナノォオオ!!」

おにぎり、おにぎりおにぎりおにぎり!!
1個だけじゃ物足りないなんてレベルじゃない、とにかく早くそれをこっちによこせ!
体を思いきりぶつけながら激しく抵抗するあふぅ。もちろん無駄
またも一瞬ビクッとしたぷちたちも、しばらくするとまたおにぎりに夢中になって
377 :('A`)[sage]投稿日:2013/03/04(月) 01:00:59.93 0
おにぎり一個分のエネルギーを使い果たしてしまったあふぅはまた前のようにそこに佇んで
俺たちがおにぎりを食べるのをただじっと見つめていた

と、そこにこあみとこまみ
あふぅの様子をチラチラ見ていたようで、何を思い立ったのかおにぎりをそれぞれ手に持ったまま

「とかー!」

「ちー!」

「……ナノ?」

もちろんお互い声は聞こえない
そして、ガラス越しにただ絶望にくれているあふぅめがけて、おにぎりを投げた
ベチャベチャと音を立てて、ガラスにおにぎりだったものがくっついていく
お前ら、やよいが見ていたら何されてるかわからないぞ?まあ美希でも同じ……おっともう一人
あふぅ。執着心だけ見たら、お前が一番だろうな

目の前に飛んでくるおにぎり
普通なら避けてやる、もしくはそのままおいしくいただいてやるのに
飛んでくる前に、目の前で無残に、その綺麗な形を崩してしまう
ガラスにべたっとくっついて、しばらくするといくつかの粒を残しズルリとはがれてしたに落ちる

そんな挑発をしてみたこあみとこまみ
切れたとしても怖くないもんねー!と、調子にのっている二人に向かってまさかのキック
なんてことはなく、むしろあふぅはゆっくりとガラス、二人の方へ近づいていき
そのおにぎりがくっついているところを、舐め始めたのだ

「とかっ!?」

「ちー!!」

いつも見せないような、あふぅの下賤な様に二人は一瞬驚くも笑いが止まらなかったようだ
ペロペロペロペロ、決して届かない、プラスチックの向こうに映るおにぎりをひたすらなめ続けるあふぅ
と言っても鉄格子越しだ、そんなに舐めていてはおいしくもあるまい

しばらくしてまるではるかさんのように執拗に檻にひっついていたあふぅも
鉄の味に嫌気がさしたのか、壁から離れて端の方へとトボトボ戻っていった
そんなあふぅをみて、更にテンションが上がったこあみとこまみは
さっきより多くのおにぎりを檻に投げつけてあふぅを威嚇するも、あふぅはもう動かない様子
それに気が付くと、もう二人は飽きたようで最後に檻をコツコツと叩いてこちらに戻ってきた

二人が去った後、あふぅは睨んでいた。確実に俺たちのことを恨んでいた
おにぎりが欲しいのに、今まではあふぅのことだけを愛でてくれていたのに!!
そんな嫉妬や憎悪まで、もしかするとあふぅは得てしまったのかもしれない

うん、きっとここでバカみたいにおにぎりを食ってるやつらよりはお前は高尚な存在になれたよ
でも、それじゃなんていうか俺たち人間の立場がないというか、不公平だから
そろそろ壊れてもらうことにする

俺はまた一つのおにぎりを檻の穴めがけて投げた
勢いでおにぎりは檻の中にグチャッと散乱し、パッと見た感じ食べる気がしない

しかしそれに気が付いたあふぅ

食べるか否か、一瞬迷いつつも口にする
そして、また恍惚の表情を浮かべるんだ

お前のような人間の貪欲さと動物の単純さを併せ持ったやつが扱いにくいはずがない
ただ一つの大好物というものがあるなら、もうそれは生物として劣性と言っても過言ではない
それだけお前は、餌に弱い。なんともありがたい話だが、人間も動物、人ごとでもあるまい

お前は食べ終わるとまた檻を見上げるんだ
たまにぴょんぴょん跳ねたり、また媚びてみたり
そして次の日、俺がやってきて今度は見えるように餌を投げ込んでやるんだ
俺とおにぎりを見つけて、これ以上ないくらいに目を輝かせたあふぅは

「はにぃ!!」

と、久々に愛情を注いでくれる俺に対する言葉なのかはたまたおにぎりをくれるいい人、という意味なのか
ともかくそう叫びながら、くれくれ!と檻の天井に頭をぶつけながらアピールする
しかしそう簡単にはやらない。なんていうのはまあ、ここまできてしまうと趣味嗜好程度のことで
おにぎりを近づけては遠ざける、あふぅの顔も比例して暗くなったり明るくなったり
別にそんな様子をみて俺は幸せになれるほどできた人間じゃないため、その過程はすっとばして
今日はまた、新しいおにぎりを用意した。そして、それを檻の中に落としてやる
すぐさまあふぅは近づくも、その異様な間隔に一瞬仰け反る

今回のおにぎりは、臭いのだ
臭くする方法はいくらでもあるだろう。まあ今回に関しては、食べられる範囲で臭いおにぎり
果たしてそんなおにぎりを食べるのか?あぁ、食べるだろうなお前なら
そんな俺の予想をしっかりと受け入れてくれたあふぅと、またお別れをして

日に日にそのおにぎりは、食べるのが困難な物になってくる
食感が不快だったり、ヌメヌメしていたり
ときにはもうペースト状になっていたり
そしてそれを食べなかったらどうするか
そのメニューしか出されないのだ

あふぅは十分疲弊していた
だからこそ、好物のおにぎりは最後の希望であった
もうここから出る事は諦めた。食べ物がなくなったら、またそのときは何かするのかもしれないが
とにかく今は、出てくるおにぎりを堪能することだけ考えていたのだが
日に日にそのおにぎりの質は落ちて
おにぎりと呼べることはおろか、食べ物なのかも怪しいくらいで
もしかしたら、明日はもっとおいしくないおにぎりがくるんじゃないか……
そんな予想は、毎日当たって。でも、もしかしたら
もしかしたら、檻に入って最初に食べた……あの、おいしいおにぎりがもらえるんじゃ無いかって
でも、いよいよ食べたくなくなったのだ

そのおにぎりは、もうほとんど泥団子で
そこに米粒が混ざっているような、流石におにぎりとは言えない代物だった
だからもう、あふぅは食べるのをやめた

あふぅはここに入ってから、選択肢を決められ続けてきた
されるがまま、絶望だってそうだ
でも、おにぎりを食べつつけることだけが今の生き甲斐だったのだが
おいしくないおにぎりならいらない、そんな道を見つけたのだ
それでも絶望などしない。まだどこかに、もしかしたらあのおにぎりが……という一筋の希望
そしてまた日が変わり、いつもの時間になっても泥だんごは残っていた
それでも俺は、おにぎりを投下してやった。それは、同じような泥団子

それを見た瞬間、あふぅは絶望した。
絶望は続く。その泥団子が消化されないうちに、また次の泥団子が落ちてくるのだ

きっとこれを食べなければ、次のおにぎりは落ちてこない
次のおにぎりがおいしい確証なんてないのに。むしろ、おいしくない確率の方が圧倒的に高いのに
でも、このまま何もしなかったら。自分が望むおにぎりが目の前にあるのに
自らおにぎりを否定して、死ぬ事になるんだ

なんていう、複雑な思考をしたかどうかはともかく
あふぅはもう、目の前のおにぎりを食べるか、そのまま死ぬか
どちらかしかないのだ。別にこの状況に至るまで今までの茶番劇はいるか、と聞かれれば
特に必要はなかったかもしれない。でもだ

未知の物と対するとき、出来る限りの保険や可能性となるものは準備しておいた方がよい
それは事象そのものの確率も上げることになるし、何より予想が楽になる
最初に絶望を知らなければ、おにぎりが泥になったと分かった瞬間自害するかもしれない
そんなこと、流石に拍子抜けだ。あってはならない
もちろん今までのことがそのストッパーになる、と必ずしも言える訳ではないが
”絶望慣れ”させることも、一つだと考えたのだ。あとはもう、よりいろんな表情が見られれば、それでという理由

行動への裏付けや証明など、後でいくらでもできる
でも結局必要となるのは、結果だ。予想と違ったかどうかなんてどうでもいい
いろんな理論の元に今回の計画は実行されたが、その場その場、付け焼刃の行動も多かった
だからこそ、もうここからはどうでもいいのだ。ただあふぅが一人で、ただ一人で
ただ自分に殺されて行くのを眺められれば、事の真偽など……

「ナノ……」

3つになった泥団子をつつくあふぅ
お腹はすいている。もう、死にそうなくらい
きっとこの3つがおにぎりだとしても足りない。今ならきっと10個は食べられる
でもこれは……といいつつ、一口齧ってみる

ジャリ。
不快な食感、泥の匂い、土の味
一瞬、口の中であっという間に糖に変わるご飯と遭遇するのだが、結局はまたジャリジャリと
とても食べられそうになかった。でも、その一瞬の米との出会いがあふぅの心をくすぐるのだ
あふぅにこのままでいることなんて、できないのだ。そんなこと、もう何となく分かっている。

だからあふぅは、少しずつ泥だんごを消化して行った。自分の意志で、少しずつ
顔は苦痛に歪み、今にも吐き出したい、そんな表情で
二つ目……そして、三つ目……
どうしてこんな美味しくない物を、わざわざ自分で食べなきゃいけない?
今までならもう、殴られても蹴られても、自分で食べる事何てなかったはずなのに
食べなきゃいけない、これを食べたいと思ってしまうのは、何故?

そして平らげた。なんというか、土の味にも慣れた気がする
心身とも疲労したまま眠り、次の朝目が覚めて隣を見ると
ツーンという体に良さそうな匂いのする、固い固いおにぎりが

あふぅはとりあえず齧ってみる。が、その味に身もだえる
いろんな香草、雑草を練って作った特製草団子
表面は罅が入っているほど乾燥していて……

しかし昨日の事を考えると、もう食べるしか無かった
あふぅはもう、どんなものが来ても自分のお気に入りの物がくるまで残してはいけないのだ

そして、完食
ところがどうも、お腹が痛くなってくる

俺はここで初めて知る。ぷちたちの排便というものを
いろんな説があった。体内で分解して、気化するとか
ただこいつらは、普段は人前では見せない
するときは隠れて。コロコロとした糞を、檻の隅に貯めていたのだ
俺に見られていることがどれほど恥ずかしいのか想像もつかないが
もう耐えきれないと行った表情で、檻の端に駆け寄り、脱糞

なんとも言えぬ色をした物がそこにはあったが、水分を取っていないからか結局は豆のような
と、ここであふぅには素晴らしいものがやってくる
小さめではあるが、ちゃんとしたおにぎりなのだ
あふぅは疑った。触って、匂いを嗅いで、もう一度触って、舐めてみて
そして……齧ってみた。確信した

ここまでが、今までの苦労だったのだと
そして大きな口を開けて一口……というところで、とどまるのだ

「……!」

閃いたようすのあふぅは、そのおにぎりを残したまま眠ってしまう
そして翌日、隣にはまた同じおにぎりがあった
あふぅは歓喜した!これだ、これこそが求めていた!
無限に増えるおにぎり、これほど楽しい事はないだろう
さていただきます……と思ったが、やはりこのおにぎり少し小振りで
今食べてしまったら、どうせ全部なくなってしまう……だからもう少しだけ待とう
お腹は十分にすいていたが、今までのことを考えたら、希望があったのだ

来る日も来る日も、あふぅは待った
それを耐え忍ぶ日々は、もう絶望でもあり希望でもあって
増えるおにぎりが、食べられないというジレンマに自ら嵌って
ただもう、半分壊れかけていたあふぅは、それを楽しんですらいたのだ

そうしてちょうど律子達が帰ってきた頃だ
あふぅは10個になったおにぎりを前に、ミイラのような格好で
それらを一気に平らげた

それはもう、希望に満ちた表情で……

食べ終えた、約5分後
顔色が戻ったあふぅは、震えだした

「ナ、ナ、ナノ……」

俺が用意したおにぎりは、下剤。
どこまで貯めるか、様子を見ていた。10個とは正直驚いたが
それを一気に食べたわけだ……漫画ではお決まりの、超強力な奴なんだが

「ぁ、ぁ……」

もう全身をがくがくふるわせ、腹痛の痛みに耐えているようだ
だがもう、収まらない。あふぅは、ぶちまけた。
今までみたことのなかったような、水のような
出し切ったあとも、痙攣は続いている。辛いだろう、それはもう
ただでさえ少ない体の水分は抜けて行く。もう、ギリギリの状態だろうな

最後だ

最後の晩餐、というのには少し気が早いがほとんどそんなものだ
ものすごくまずいカレーを用意した。うん、申し訳ないとは思っている
それを檻にぶちまけるのだ。どっちがどっちか、わからなくなるほど
ただそれは、結構いい匂いがするのだ。今まで食べてきたもの、受けてきた仕打ちからすれば

結局は檻の中に入ってからは、自分でしか自分を痛めつけていない
だからこそ、恨みに恨みきれなかった。諦めるに諦めきれなかったのだ

床一面の茶色、一舐めする
すこし水分がかったそれは、もうなんかおいしくて
ゆっくりゆっくりそれを味わっていた

ルーだけじゃ、あれだろう?
俺は、今までで最高の米を用意した
そして、ここにいるのは、こあみとこまみだ

「とか~~!!!」

「ちー!ちー!!」

片割れだけチャーシューのように縛って、周りには米をコーティングして、見た感じ巨大おにぎりになった
きっとあふぅはもう、逃げない。檻の上部をゆっくりとあけて、米まみれになったこあみを檻の中へ
こまみはただそれを見て叫んでいる。明らかに怪しげなそれをみて、辞めてくれと泣いている
対するこあみもただ叫ぶだけ。米の層は薄いから、意外と声は聞こえるが

米に包まれたこあみが状況を知る術は無い
だが、その檻の中には……

「……とか?」

異臭。
それはもう表現のしようがない、さまざまな物や想いが積まれてきた、檻だ
詩的表現とするならば、パンドラの箱のような。開けてはいけない箱に、なりつつあった

ころがっている巨大おにぎりを見て、依然のように飛びかかったりはしない
ゆっくりとゆっくりと、それは近づいて行き

「……」

匂いを確かめて、すぐに分かった。これは、本物だ

自らの糞尿を食べて尚おにぎりの味はわかるというのか
自らの希望に押しつぶされて絶望に堕ちたというのにお前はまだ喰らうのか
そこまでは、計れなかったな

巨大おにぎりを前に、それは微笑んだ

「……ナノッ♪」

ハイライトがとっくに消えた目で、おにぎりを見つめ、喰らう

「と、がっ!?」

おにぎりとこあみの境目はもうあっという間にわからなくなって
防音だったはずの檻からは、酷く不快な声が聞こえてきて
外でも似たような声で叫ぶもんだから、つい苛立って

「静かにしないと、お前もここに入れるぞ」

すぐに静かになりやがる。馬鹿じゃねぇの

しかしただ震えてるだけだとやはり面白いぷちどる
こまみは助けてやることにした。この事が伝われば、他のやつの見せしめになるだろう

ちなみにだ
あふぅはこの檻に入れられたおにぎりを残したことはあったが
食べきれなかったことは、なかった

そして今回も例外ではなく、骨一つのこっていなかった
満足そうな顔でこちらをみるあふぅは、しばらくすると
喉が渇いたのか、また足下の茶色を舐め始めて

ここから先は、どうなるかって?
その前に、7つの大罪とは何かご存知だろうか
傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲……あれ?全部当てはまるじゃないか
威張って、寝たんで、起こって、怠けて、欲張って、食べて、媚びるお前は人間を超えたらしい

そもそものお前は、やっぱり人間じゃ計れなかったみたいだ
だからこそ……そういう最後は期待していた通りで、ありがたい

お腹がすいたんだろう、きっと
でもな、おにぎりはないんだ。そう言うときっとまた怒って嫉妬して
それでもお腹はすくもんな。きっと足下のそれも食べ終わっちゃって
残ってるのは、なんだろう?檻の中にいるのは、お前だけだ

だから、もう自分を食べちゃえよ
なんて言わなくても、流石じゃないか

あふぅはあふぅだから。皆に可愛がられて、当然だから。
もっともっと、可愛がってよ

……この人、あふぅのこと気に入ったのかな?
ならいいよ、付き合ってあげる

ねぇ、おにぎりを早くしてよ
役に立たないな、もう

……あふぅ一人なの?
どうして?なんで?あふぅなのに、どうして!!
あふぅが一番だったのに、どうして他のに手をだすの!

おにぎりが、食べたい
これは嫌だけど、次のが食べたい……

お腹が痛い……痛いよぉ……
もう、わからない。何もわからない
いろんなことあり過ぎて、もう頭がめちゃくちゃ……

こんなに苦しいなら、考えるの……やめちゃえばいいんだ

……お腹すいた

お腹空いた!


「はにいいいいいいいい!!!」

次の日、檻の中を見てみたら何も居なかった

どうやって、どうなったのか、全く知らない
もともとそう言う生物だし、いわゆるサンタさんのような
見ようとしても、見られるものじゃない
そこまで興味があったわけでもないし、いいんじゃないか

檻は恐ろしいほど綺麗で、それこそ外の方が汚いんじゃないかってくらい
事務所の皆も綺麗にしてくれて……そうだ

この檻の中の物、あふぅだと思われていなかったらしい
俺はもう、慣れてしまっていたのかもしれないけど
律子たちにはもう、別の生物。それこそ、ちびきが呼んだのかってくらいの
気にされてたのは、こあみがいなくなってたことくらいか。まあ、気にすることはない

しかし……確かに、そうなのかもしれない
まだまだ秘密が隠されてるのだろう、お前達には
今回のことは、やっぱり俺にとってプラスだったよ
これを踏まえて……まだいろいろできそうだ

もし俺が偉大な科学者とかで、お前達の存在理由を掲げるとするなら……いや、とりあえずあふぅとするなら
”ヒト”に何かを教えてくれる、そんな存在?
流石に持ち上げ過ぎか。でも学者ってそういうのが好きだろう?
ま、本音を言えばそんな立派な称号を付けてやる気なんてさらさらない
所詮お前達は、人間ありきのちっぽけな存在なんだ
だったらやっぱり、”ぷち”ってのが上等だろうな



  • 最終更新:2014-02-21 06:53:41

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