ぷちどるのいる日常~ぷちどる愛護法

「ぷぃ~……ぷゅ~」

――の手の中で子ゆきぽがふるえていた。
その手には、釘が握られている。
ギラギラと光るその先端に、子ゆきぽは怯えきっていた。
その小さな腕へと釘が少しめり込んだ。

「ぷぎゅー!」

子ゆきぽが叫ぶ。ぷっくりとした腕の皮膚が破け、赤い血がしたたり落ちる。
――は、手にした金槌で釘を打ち付けていく。

「ぷゅああああああっ!!」

「ぽぇ~!! ぷぃぃぃぃぃぃっ!!」

そのさまを母ゆきぽは見せつけられている。
子ゆきぽは片腕を木に張り付けられる。
ぶらりと片腕だけでぶら下がっている。
――はもう片方の腕も木に打ち付けた。そして足と打ち付けていくたびに、子ゆきぽの悲鳴が上がる。
母ゆきぽは半狂乱で叫ぶだけだった。どんなに身をよじろうともその身に食い込む縄が引きちぎれることはない。

「ぷゆぃ、ぷゅぃ」

息も絶え絶えの子ゆきぽの口に釘を咥えさせる。せめてもの抵抗か、カチカチと釘の先端を未発達の歯で噛みしめていた。
振りかぶられた金槌が、釘頭を叩いた。

「……っ!」

ビクッ、ビクッと子ゆきぽは細かい痙攣をおこしていたが、それもやがて止まっていった。

「ぷぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

叫ぶ母ゆきぽの脳天へとナイフが振り下ろされた。

「やめろぉぉぉぉぉぉぉっ」

俺は、自分の叫びで飛び起きた。

「夢……か」

仕事で片付けた公園のゆきぽ親子たち。その死にざまは、夜な夜な俺を苛んでいた。
あの可愛らしい容姿のぷちどるたちが、無残にも醜い死にざまをさらす。
どうしてこんなひどいことができるのだろうか。
捕まった犯人はまだ子供と言ってもよい年齢だったようだ。
理由を聞けば、ただ楽しかったから。罪に問われないし。
くそっ、なんなんだ一体。どうかしてやがる。
布団に潜り込むが、目覚ましが鳴るまで眠りにつくことはできなかった。

「大丈夫ですか?」

後輩が、心配気な声をかけてきた。どうやら酷い顔色をしていたらしい。
ぷちどるの死骸を片付けていく日々に俺は、嫌気がさしていた。
交通事故ならまだしも、日に日に殺されるぷちどるが増えている。
突如現れたぷちどるの野良の増加とともに。

「ぷちどるたちの保護をーー」

駅前で、何やらビラを配っている一団に出会った。なにやら署名も求めているようだった。
普段であったら、そんな一団は無視するのが相場だったが、ぷちどるの保護という言葉にふらふらと誘われてしまったのだ。
その団体は、ぷちどるの保護を行っているようだった。
天啓だと思ったのだ。
俺は、翌日にも休みを取ってその団体のところへと向かった。


路地裏にある雑居ビルのワンフロアがその団体の事務所だった。
急な訪問であっても快く受け入れてくれたようだ。

「うっうー」

戸を開けると、やよが走り回っていた。
ガラガラと音を立てている。地を蹴る下半身にあるべきものが車輪に変わっていた。
俺が目を見張っていると、壮年の男が声をかけてきた。

「あの子は、交通事故でね。義足の代わりに車輪を付けているんだが……」

「う”っ」

どん。やよは止まり切れずに壁に頭をぶつけた。壁には、ウレタン製のタイルがぷちどるの高さほどに張られているためか、痛みはあまりないようだった。

「まだ、慣れていないみたいだね」

男性は、やよを抱き上げる。車いすのような車輪付の台座がその場に残された。

「ぽぇ」

足元のダンボールから声がかかった。中で、ゆきぽがこちらを見上げてニコニコしている。
そのゆきぽには両腕がなかった。

「その子は保護された時から腕が無かったのだよ。生まれた時からそうだったのだろうね。親にも見捨てられていたようでね」

俺は、男性に促されるままにソファーに腰を下ろした。

「ぴぃ」

お茶が置かれる。ぴよぴよが、ふわふわと浮いていた。

「さて、御用はなんですかな?」

男性は、このぷちどる保護団体の代表だと名乗った。

俺は、目の前で座る男性にすべて吐き出していた。
最近の悪夢も、カワイイぷちどるが傷つけられ殺される現状も。
男性は穏やかな顔で聞いていた。時折相槌を打つ以外は、黙って聞いてくれていたのだった。

「うん。それは、つらいだろうね。私はね、この子たちと世の中がうまく折り合いをつけて生きていけるといいと思っているんだ」

男性は、膝の上のやよの頭をそっと撫でた。
うー、とうっとりした声でやよは身をゆだねている。

「どうだろう。ここで働きませんか、私たちの『ぷちどる希望の家』に」

そういって、男性――代表は微笑んだ。手が差し伸べられる。
俺は、その手を取っていた。
救いの道が見えた気がしたのだ。

仕事を辞めたことによって手取りは相当減ることになった。
まだまだ、世間に認知されていない。収入もままならない組織であったからだ。
それでも、俺は、充実していた。
俺たちの活動がカワイイぷちどるたちの置かれた状況を少しでも改善する役に立つのだから。

「ぷちどるの保護にご協力くださーい」

駅前でのビラ配り。他のスタッフとともに人ごみにまぎれて配っていく。
受け取ってくれる人はまずいない。しかし、こうして声を上げる人たちがいる。そのことを周知させるだけでも、意味がある。代表はそういっていた。
知ってもらうこと。
なによりも、それが大事なのである。
ビラを渡そうとした背広を着た人が何故か憐れむような目でこちらを見てきた。すごく黄色くて四角い感じの人だった。
こういう行動には、偏見が多いのだろう。
一日かけて何人かの人が受け取ってくれた。
それだけで、うれしいものだった。


保護されたぷちどるが事務所に運び込まれてきた。
警察からのようだ。

「あふぅですか」

「なのなのなのなのなの……」

檻の中に閉じ込められたあふぅは、見下ろす俺を威嚇しているようだった。

「ぴよぴよが食事を用意してくれているからあげといてね」

「わかりました」

そういうと代表は、書類へと目を下ろした。

ぴよぴよが用意したのは、おにぎりだった。あふぅ全般なぜかおにぎりを好む。
おにぎりにしてあれば、たいていの具でも平気だそうだ。
俺は、檻にの隙間からおにぎりを差し込んだ。目の前に置いてやる。
あふぅは、おにぎりを見ると、警戒を強めたのか、こちらを見上げてきた。
俺は、平気だよ、と笑顔を浮かべた。

「なぁーーーー!!」

あふぅは、悲鳴を上げると、頭を抱えるようにして丸まった。体は小刻みに震えているようだった。
代表が俺を呼んだ。

「どうやら、この子も酷い目に合っていたようだね」

代表がいうには、裏カジノで賭けの対象になっていたらしい。
他のあふぅ達と一緒くたに、誰が毒入りおにぎりを食べるかという死のロシアンルーレット。
警察の摘発によって助かった生き残りのようだった。
人に酷い目合わされたあふぅは、心に深い傷を負ったのだろう。おにぎりと人がトラウマになっているようだった。

「ぴぃ」

悪いことをしてしまったと、ぴよぴよがうなだれていた。おにぎりを用意したことだろうか。
俺は、気にしなくていいよ、と撫でると少し元気になってくれたようだ。
誰もいなくなると、あふぅはおにぎりを食べたようだった。翌日には綺麗になくなっていた。

ワゴンの後ろに、保護されたぷちどるを載せていく。
事務所では手狭なので、「ぷちどる希望の家」の保護施設へと運ばれる。
カジノのあふぅも、保護施設で心のケアを行うという。
走り去るワゴンを見送って、少し名残惜しい気持ちになった。またしばらく事務所のぷちどるは、腕のないゆきぽと足のないやよ、ぴよぴよだけになる。

その施設では、かなりの数を収容しているようだった。

「いずれ君にも手伝いに行ってもらうこともあると思うから」

そう言ってパンフを渡された。山間の綺麗な施設だった。おんぼろ事務所からはわからないほどしっかりしている組織のようだ。
いずれはぷちどるランドという、ぷちどると触れ合える施設へと発展させていきたいと代表は、子供ような目で夢を語っていた。
ぷちどる保護のための法律を作ることも必要だということ、そのための、政治家への働きかけも行っているようだった。
まだまだ新参者の俺は、雑用やビラ配りに追われる日々だったが。

しばらくして、俺は代表とともに政治家との面談へと向かった。俺は荷物もちであったが。
政治家と合うというと料亭で……なんて話はなく、国会議事堂へと直接赴いていく。
請願相手の与党議員は、こちらの話を割と好意的に受け止めてくれたようだった。最近起きたちっちゃんぴよぴよの大量殺害事件がさすがに問題になっているようだった。

「ぷちどるの命を守れ―!!」

議員との面談の後、国会議事堂前でシュプレヒコールを上げている一団がいた。PPPと書かれたシャツを全員が着ている。

「あれは……」

「私たちとは別のグループのようですね」

そう答えた代表の声は、どこかとげとげしいものだった。
デモ一つとっても決まり事はある。その許可も取らずに騒乱を撒き散らすだけの輩は多い。
しかし、そういった輩ほどそっち系の大メディアが味方についていたりする。民衆の力だとおだてあげたところで、大した意味は持たないのに。

「嘆かわしいことです」

そういって、代表はその集団から背を向けた。
帰りに一杯やっていきますか?
代表は、気を取り直すようにそういって笑った。


ある朝事務所に衝撃が襲った。
とある県にてぷちどる駆除条例が可決されたのだ。
その県では茶葉が県の農産物の特産品であり、その食害が甚大になっているようだった。
愛護法の制定を目指しているわれわれにとっては頭の痛い一件だった。
茶畑を荒らすのは、野生のゆきぽ特徴である。
しかし、県条例ではぷちどるすべてが範囲に含まれていた。
これでは、ゆきぽだけでなく、ぷちどるというだけで駆除されてしまう。

「これは、参ったね」

新聞を置いた代表は目頭を押さえながらつぶやいた。老眼で新聞の字を追うのがつらいのだろうか。
その県には知事や県議に至るまで嘆願していたのだが、票田である農協などの圧力には勝てない。

「どうすれば……」

トラックで運ばれ処分されゆくぷちどるたちの姿を思い浮かべ暗澹たる気持ちになる。

「我々のすべきことをしようじゃないか」

柔和な顔で代表が声をかけてきた。
その顔を見ていると不安が和らぐようだった。
そうだ。不幸なぷちどるが一匹でも減るようにしなくてはならない。

我々はその県へと出張することになった。
俺も代表とともについていっていいようだ。
県の職員に案内されたのは、荒れ果てた茶畑だった。
其処ら中に穴が開いている。

「ぷちどるの群れが茶畑を食い荒らしていったようです」

職員はそう説明した。
スコップのようなものをふるう奇妙な生き物だと言っていた。
まだぷちどるをその生態を含め、正確に知る人は多くはないのだ。県職員とはいえ、認識は同じようなものだった。

犯ぷちどるはわかっている。ゆきぽである。
茶畑や大根の畑などでの食害が広がっている。

「おー、こんちはー」

トラクターに乗った男性が職員へと手を振っている。
田舎町だから職柄からか、知り合いのようだ。

「こんにちは」

職員が頭を下げる。我々も会釈した。

「そちらさんは?」

よそ者に対して警戒しているようだった。
職員の話を聞くとみるみると農家の男性は顔色を変えていった。

「あぁ、あれか、動物愛護団体ってやつか……」

男の声音は冷たいものだった。

「うちにも来たよ。ゆきぽだっけか、殺さないで―、こんなにカワイイのにーとか喚いていたよ」

心底馬鹿にした声音だった。

「うちとしちゃ、畑を荒らされちゃあおまんまの食い上げよ。シカやイノシシよりも性質が悪い。根こそぎだ」

そういって、畑を指さす。

「あんたらもとっとと都会に帰るんだね、それともいますぐ、その害獣どもをどうにかしてくれんのかい?」

そういって、男は去って行った。
荷台には、首の骨が折られたのだろうか、奇妙にねじくれたゆきぽが乗せられていた。

農家の被害を考えると協力をもとめることしかできなかった。生活が懸かっているの言葉に対して、農家を責めたてることなどできない。
自らの無力さに、気分が落ち込んでいくようだった。
そういった人たちからすれば、安全な場所で自らの主張をわめきたてるだけの動物愛護団体など、唾棄すべき存在でしかないのだろう。
開き直れればどれだけ楽なのだろう。俺はまだそこまで開き直れなかった。

「ぽぇ~」「うっうー」

事務所に戻ってきた我々を出迎えたのは、腕のないゆきぽと足のないやよだった。
腕のないゆきぽに足のないやよがおぶさる。支え合う二匹の姿に、俺は胸が熱くなった。
俺は、二匹の頭をなでる。

「ぽへぇ~」
「うぅ~」

うっとりととろけるような表情の二匹の可愛らしさに、俺の心も解きほぐされていくようだった。
ゆきぽの顔を見ていると、あの首をへし折られたゆきぽの姿がフラッシュバックされる。
ぷちどるも人間もともに生きていける世の中が作れないものだろうか。
そんなとき、事務所の電話が鳴り響いた。

「はい、ぷちどる希望の家ですが」

事務員の女性が電話を取る。
話を聞いていくたびに、眉根がひそめられていく。
思わしくない話なのだろう。
電話を切ると、事務員さんは、代表へとメモをもっていく。

「大量のぷちどるが捨てられているようです。その保護に向かいます」

代表は、ぴよぴよの運んできたお茶に手を付けることなく、急いで立ちあがった。

とある田舎の空き地では、耕作放棄地なのだろうか、背の高い雑草――植物には詳しくないのでわからない――が繁茂し、視界が悪かった。
その雑草の中では、動くこともかなわないほどに、餓え、やせ細るぷちどるたち。
そこかしこに転がっているのは、たかにゃこあみこまみなどが中心で、まこちーやちひゃーなどが混ざっていた。
発見が遅かったのだろう。ほとんどのぷちどるが餓死しているようだった。

「代表、どこぞの繁殖業者の仕業っぽいですね」

ぷちどるの回収している古参のスタッフが、一息つくと代表に声をかけた。

「どういうことですか」

「なに、単純に売れないからですよ」

淡々と言う代表に、俺は愕然とした。

「かつて765プロというグループ?でしたっけ、まぁそんなアイドルの集団が飼っていたとされるぷちどるたちですが、その人気が高まるにつれて、飼いたいと思う人が増えるのは人の常でしょう。
需要があれば供給が存在するのは世の常ですよ」

代表は、講義でするかのように淡々と述べていく。その間も、一匹一匹、死骸を調べていった。もしかしたら、まだ生きているのがいるかもしれないと。

「しかし、ぷちどるたちの表側しか見ていない。いえ、動物を飼う場合において重要なことを皆忘れていたのですよ。
ぷちどるは、ぬいぐるみなどではなく、生きているということをね」

まだ生き残っているぷちどるを見つけた代表は、手の空いているスタッフを呼び込んだ。
生き残っていたのは、たかにゃだった。近くには、ぷちどるの死骸の一部が欠損していた。
捨てられた後、このたかにゃは、仲間を食らって生き延びていたのだろう。
捨てられた時点でほぼ餓死や餓死寸前であったろうに、図太い食い意地のおかげだった。
結果として、数匹のまだ年若いぷちどるたちだけが、生き延びていた。
まこちーやちひゃーなどは、幾度も子供を産んだ老ぷちどるであったようで、ほとんどが全滅していた。

「おそらく、もう子供が産めなくなったから捨てられたのだろう」

代表は、集められたぷちどるの死骸に手を合わせると、そういった。

結局のところ、ぷちどるを都合のよいものとして考えていたが、いざ飼うとなると、犬猫よりも手間がかかることがわかったのだ。
他の犬猫とどうように、子ぷちの時に上手く躾ける必要があった。
あふぅは、部屋を散らかすことよりも、夏の発情期の手間が倦厭された。床にすら穴を掘るゆきぽは言わずもがな。
これらは、躾でどうにかなるものではなかった。
そうそうにペットとして飼うのは諦められたのだ。しかし、この二種は、野良としてもいつの間にか増えていた。
必然、手間がかからない大人しいぷちどるだけが、市場に並ぶことになる。
まこちーや、ちひゃーである。
まこちーは、大人しく手間があまりかからない。ちひゃーも躾れば、大した手間はかからないようであった。
たかにゃも、仕込めば文字が書けるし、二文字なら喋れるなどの賢さから一時期はもてはやされたものの、その異常ともいえる食欲によって、一部のモノ好きだけが、求めるものになった。
こあみ、こまみはその幼稚ないたずらを受け流せれば問題はないが、二匹飼うというのがネックだったようだ。
それでも、その三種は根強い人気があった。だが、需要少ないため、売れ残りが処分されたのだろう。育った、たかにゃ、こあみまみなど、商品価値はないも同然だった。

代表から聞いた話をまとめると、ペットとしてのぷちどるの不幸が目に見えるようだった。
テレビでも、取り上げられたことによって、世間にもこの問題が周知され始めていた。

「さて、これで、法改正によい影響が出ればいいのだが……」


帰り道。いつもと違う道を選んだのは、捨てられたぷちどるたちの姿を見た感傷からか。
途中、小さなペットショップがあるのが見えた。
可愛らしい子猫や子犬が小さなケージに入れられている。
どれも万単位の値段がついていた。安くても、である。
小さいペットショップであるためか、犬猫の種類はあまりないようだった。餌や身の回り品が中心なのだろう。

「へへっ!」

ぷちどるコーナーとポップが躍るケージの中、こちらを見上げて笑顔のまこちー。
値札を見れば特価と書かれ、すでに二回の赤線が引かれて、一万円弱になっていた。
他の子犬たちと同じ大きさのケージの中、窮屈そうに座っているところをみると、そろそろ成体に近づいているようだった。

「お客さん、ぷちどるに興味がおありですか?」

中年の店主が笑顔を浮かべて声をかけてきた。メガネの奥ではこちらを値踏みしているような視線を向ける。

「ええ、まぁ」

俺は言葉を濁した。ぷちどる愛護団体に所属していることがバレるわけでもないのに。たとえばれたとしても別に誰に恥じるものでもないのに。

「その子、まこちーって言ってね、気性は大人しいし、ちゃんと言うことも聞くいい子ですよ」

「ほかのぷちどるはいるんですか?」

「ええ、おりますよ。うちでは、ちひゃーも扱ってますね、あぁ、でもこちらはお取り寄せという形になりますけどね」

「そうなんですか?」

「えぇ、うちは狭いですからね。オプションとして声帯除去もできますよ」

「えっ?」

「おや、お知りではありませんか?」

「えぇ、まぁ」

「ちひゃーは、事あるごとに鳴く癖がありましてね、飼い主さんによっては、あれは歌っていると言う方もおりますけど……、まぁ、朝方などは遠吠えなどもするようで、集合住宅などではそういうのは嫌厭されますのでね」

「それで、声帯の除去を……?」

「えぇ、もちろん希望するお客さんだけですよ。ほら、テレビでも勝手に鳴きださないようにされている場合もありますしね」

「その、可哀想じゃないんですか?」

「そう見る向きもありますけどね、そこはまぁお客さんのニーズですから……」

こちらに飼う気がないのを感じ取ったのか、店主の表情が少し曇り始めた。もう少し、話を聞きたかったのだが、そろそろ上手いこと立ち去ることを考えた。
そのとき、店舗の扉が開いて、裕福そうな女性が中に入ってきた。

「ゆきぽをもらえるかしら?」

女性は、こちらに会釈すると店主に話しかけた。
お待ちを、と言って店主は中へ引っ込むと、白い箱を手に戻ってきた。

「毎度ありがとうございます」

箱には、ゆきぽLと書いてあった。1500円弱だった。
女性は、代金払うと、またこちらへと会釈して出ていった。

「あれは……?」

「冷凍ゆきぽですよ」

店主はこともなげに言った。

「爬虫類の餌なんかで、最近人気ですね。冷凍ネズミよりも値は張りますがね」

と言って表を見せてくれた。サイズごとに値段が決まっている。五匹で一セットで、Lでも子ゆきぽであることには変わらず、10センチほどのサイズのようだ。

「それで、何をお求めで?」

「ぷちどる用の食べ物って何があります?」

「基本は、ペットフードですね。ぷちどるは雑食なので、人間と同じものも食べることができますけど、あまりお勧めできません」

「と言うと?」

「躾の面ですかね。一緒の食卓で同じものを食べさせていると、自分を人間だと思い込み始めるのですよ。それは、ぷちどるにとっても不幸なことですよ」

「そうですか? ペットとはいえ、家族なんですから……」

「えぇ、まぁ、そういう覚悟をもって飼えばいいんですけどね。でも、人に似た姿をして、人と同じ生活をしたとしても、ぷちどるたちの本質は、とっても本能的なものなんですよ。後で、人間のように言い聞かせれば大丈夫と思っていてもそう上手くいくものではありません」

ゆきぽを室内で飼って、穴を掘られたと、掘ってならないと言い聞かせても言うことを聞かない。ゆきぽが害獣とされる第一の理由なのだが、そもそも室内で飼うことが間違っているのだ。穴の中で過ごすことを第一としてるのだから、露天で飼うしかないのである。
それでも、ゆきぽは飼育下では、なぜか室内に入りたがると言う。それは、人の飲むお茶を好むからと言われている。
そして、室内に入るために、どこからか取り出すスコップで平然と穴をあけるのである。
ゆきぽが飼育に向かないという。

「ゆきぽに至っては、両腕を切り落とせばいいという話ですけどね、さすがに実行するのはためらいますよ」

店主は、笑っていった。だって、気持ち悪いじゃないですか。

「そこまで飼いたいものでもないでしょうし」

俺は、話を打ち切ると、評判の良いという餌を買って店を出た。

餌? 爬虫類の? ぷちどるを……あのゆきぽをか?
ぽぇ~、という可愛らしい鳴き声で、こちらへと柔らかなほっぺですり寄ってくるゆきぽの愛らしい姿を思い浮かべる。
しかし、そのイメージも、ゆきぽが蛇に丸呑みにされる姿に上書きされてしまう。
俺は、振り払うように、足を速めた。

翌日、事務所へと向かった俺を出迎えてくれたのは、足のないやよと腕のゆきぽの二匹だけだった。
この時間では、いつもの席で代表が新聞を広げているはずだったが、姿が見えない。

「ぽへぇ~」「うっう~」

朝の挨拶を二匹と交わし、頭を撫でてやればうっとりとした声を上げた。
二匹を抱き上げて、事務所の廊下を歩いていると、応接室から話声が聞こえた。
朝早くから来客中なのだと判断して、自らの席に着く。

『両腕を切り落とせばいい』

昨日の店主の言葉を思い出す。
両腕のないゆきぽがこちらを見上げていた。
まさか、このゆきぽもそうだというのだろうか。
飼育するために、両腕を切り落とす。しかし、そこまでして飼いたい理由とはなんなのだろうか。
俺は、パソコンを立ち上げた。
冷凍ゆきぽと検索すると、いくつかのホームページをあたる。
どうやら子ゆきぽは、畑などで駆除されたゆきぽを利用しているようだった。
しかし……、それだけで、需要を満たせるのだろうか?

「おはよう」

「うわっ!!」

考え込んでいた俺だったが、代表に声を掛けられて、驚きとともに意識を引きもどされた。

「あっ、おはようございます」

俺は、挨拶を返した。代表の視線はパソコンの画面へと向けられている。

「爬虫類の餌として売られている子ゆきぽだね」

「えぇ……」

俺は、昨日ペットショップで聞いた話を代表にした。

「そうだね、確かに、そういうやり方で飼育しようというのはあったのだろうね」

代表は、さすがに聞かせたくないのか、ゆきぽの耳をそっと塞いでいた。

「でも、飼育の手間がかかるし、子ゆきぽだって高く売れるものではないから、諦められたのだよ」

そういって、ゆきぽを抱きかかえて席へと戻っていった。
代表の言葉に、疑問が鎌首をもたげてくる。代表は、ゆきぽを飼育していたのだろうか。
鞄の中にある、昨日ペットショップで買った缶詰を取り出した。

「昨日、ペットショップで買ったんですけど」

代表に渡すと、顔色を変えた。

「これは、駄目だよ。材料を見てごらん。これは、ぷちどるを材料に使っているよ」

代表は、見たくもないというように、目を背けるとこちらへと突き返してきた。

「そ、そんな」

俺は、缶を受け取ると、食品表示を見た。
原材料には、肉(その他)と表示されている。生産国は隣国だった。
数年前、野党から与党へとなった政党が、一生懸命になった、外国製品の緩和によって入ってきた商品だった。
安くてボリュームがあるため、人気だが原材料がぷちどるの肉だったとは知らなかった。

「君に渡した資料の中にもこの商品のことが書いてあったはずだが」

代表に言われ、俺は席に戻る。
鞄から出した資料には、たしかに問題の商品の一つとして挙げられていた。
忙しさにかまけ、チェックを怠っていたと言われれば、反論のしようもなかった。

「うっうー」

ちょこんと座ったままのやよが、慰めるように俺の頬をなでた。
慰めてくれているようだったが、なぜか煩わしかった。
やよを抱き上げると、いつものダンボールの中へと入れた。

「う?」

いつものように頭をなでてもらえないからか、こちらを見上げて不思議そうな顔をしている。
俺は、その大きな瞳から目をそらすように、仕事に向かった。


「みんな、集まってくれ」

代表が声を上げた。あらかたのスタッフが事務所に来ていた。

「かねてより計画していた、ぷちどるランド建設の目途が立ちました」

辺りがざわめき始めた。
誰かが拍手を始めると、事務所が拍手の音で包まれていく。
上手く軌道に乗れれば、ぷちどるの可愛さをもっと多くの人にわかってもらえる。
そうすれば、害獣という不当な扱いもきっとかえることができる。
皆、その未来を思い浮かべているのだろう、どことなく興奮した雰囲気が伝わってくる。
代表も満足そうに、皆の興奮が鎮まるのを待っていた。

「今はスポンサーが見つかった段階だが、これからコンサルタントも交えて計画を練っていくところだ」

代表が朝会っていたのは、スポンサーかコンサルタントだったのかもしれない。

「これからもぷちどるの保護のために力を貸してほしい」

代表が頭を下げると、またも大きな拍手が事務所を響いた。
俺もまた、強く拍手していた。

「うっうー」「ぽぇー」

二匹もまた周りの喧騒に興奮しているようだった。
がんばろう。ぷちどるたちのために。
俺はそう決意しなおした。


めっきり寒くなってきた。
それでも事務所は、ぷちどるランド建設のための計画によって、熱気が上がっていくようだった。
突然の解散総選挙によって、ぷちどる愛護法は廃案になってしまったが、与党の大勝によって次の国会においては審議が行われることに期待された。
選挙期間中は、ぷちどる愛護法推進派の政治家の選挙運動を手伝いすることに忙殺させられたが、無事当選することもできたため、我々も通常の業務へと戻っていった。
冬も近くなると、動物――とかくぷちどるたちにとっては苦難の季節となる。
基本的には熱帯に生息していたのかと思われるほど、ぷちどるたちは寒さに弱かった。
ゆきぽには尻尾が生え、ちひゃーは髪の毛が増えるなど、大きく見た目が変わるぷちどるたち。
しかし、人間と同じような体毛の生え方をしているわりには、一年中同じような恰好をしている。
ゆきぽはワンピースのような服。ちひゃーは、シャツにスパッツのようないでたちである。冬を舐めているとしか思えない姿だった。
そもそも、野生のぷちどるたちが、なぜか服のようなものを着ているのが、いまだ解けぬ謎なのだが。

「く、くぅぅぅぅぅ……」

大量の髪の毛に包まった姿で寒さに震えているのは、ちひゃーだった。拾ってくださいの紙が貼ってあるダンボールの中に入れられている。
まだダンボールがヘタってないところを見ると、捨てられたばかりのようだった。
匿名の通報で保護に来たのだが、案外捨てた飼い主が電話してきたのかもしれない。
春先に飼われたちひゃーが、冬の悪癖によって捨てられるのは、あまり珍しいことではなかった。
ちひゃーに覆いかぶさられ、窒息死しかけるという事故がいくつか起きている。そのため、最近では飼われることがめっきり少なくなっている。
南の島原産のこの生き物は、寒さに弱く、日本の冬の屋外では生きていけない。野生では越冬できないのである。
それだけでも、このちひゃーは運が良かった。
飼い主の良心がとがめたのか、少なくとも我々に保護されることになったのだから。

「ただいまもどりました」

「お帰りなさい」

事務所に戻れば女性事務員が出迎えてくれた。代表は、最近とみに外出が多くなっている。計画が進んでいるのだろう。
ケージを開いているスペースに置く。

「あら、ちひゃーですね」

「はい、無事保護できました。あぁ、近づかないほうがいいですよ」

いえ、セクハラじゃないんです。本当ですってば。


  • 最終更新:2015-02-22 22:23:52

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