まんぜう怖い

P「…分かりました。ただちにそちらへ…」

連絡を受けて俺が向かったのは、事務所近くの商店街の和菓子店、『まんぜう屋』。

P「すいません…毎度毎度…」ペコペコ

「ああ、いらっしゃい。あがってあがって」

連絡の主、この店の女性店長が出迎えてくれた。自分の事を『おばちゃん』と称するこの女性は何かと器用で面倒見も良く、ウチの連中も頼りにしている。

ただ、その面倒見の良さの上にドッカリとあぐらをかいている問題児が一匹…

ゆきぽ「zzz…」

おばちゃん「おやおや…寝ちゃってるねえ」ポリポリ

P「毎度毎度お忙しいところ、本当に申し訳ありません…」ペコペコ

おばちゃん「気にしてないよー。いつもの事だし」

初めてのおつかいの時、この女性がゆきぽとちびきを自宅に招いて以来、たびたび一匹でここを訪問するようになったゆきぽ。最初のうちはこの女性が事務所まで送ってくれていたのだが、あまりにしつこく訪問した結果、女性は俺に迎えを催促するようになり、女性の反応は『いいよいいよー』から『気にしてないよー』に変わった。まあ、実際はかなり気にしてるんだろうな、うん。

P「それじゃ…あの…いつもの」

おばちゃん「はいはい、10個入り3箱ねー。Pさんは話が早くて助かるよー」ニコニコ

俺はせめてものお詫びとして、ゆきぽを迎えに来た時はいつもここでまんじゅうを購入している。事務所には人間が16名、ぷちが14匹いるのでこれで人数分だ。

おばちゃん「はい、毎度♪Pさんは『魚心あれば水心』って言うの?心得てるよねえ。それに比べて眼鏡の人ときたら…言うに事欠いて『3割引きなら』だなんて…まったく、失礼しちゃうよねえ」

…実は表面上は取り繕っているが、律子と音無さんはこの女性とハッキリ言って折り合いがよろしくない。これがこの女性が俺の携帯に直接電話をかけてくる理由だった。

律子は初めてのおつかいの時の値引き交渉、音無さんはスポンサーとしてこの女性を海に連れてきてロクにもてなしもしなかった事、更には音無さんが居眠りしている間にこの女性が手掛けた書類の間違いを本人の目の前で指摘する(まあこれは良かれと思ってやったとは言え自分の専門外の仕事に手を出したこの女性もこの女性なのだか…)等、いわゆる配慮というか、デリカシーというか、そういったものに欠ける対応が原因だった。

事なかれ主義の俺からすれば考えられないような『塩対応』だと思う。

P「私にガツンと言える甲斐性があれば…申し訳ありません」ペコペコ

おばちゃん「いいよいいよー。さっきからPさん、ペコペコペコペコ米つきバッタじゃあるまいし、頭上げとくれよ。Pさんはちゃんと誠意を見せてくれてるんだからさ」

P「本当に申し訳ありません…では、私はこれで…」スッ

俺の気持ちも知らないでいまだグースカ寝ているゆきぽを右の脇に、左手にまんじゅうの入った紙袋を持って店を出た。

おばちゃん「毎度ありー。また来てね」

事務所に着いてから、ゆきぽにあの店に行くのは控えるように話したが、『あそこに行くとお茶とたくあんがもらえる』『自分は歓迎されている』などとのたまい、まるで話にならなかった。最後にもう一度、あの店への訪問を控えるように釘をさしたが、呆けたような顔で小首をかしげていた。まさに『糠に釘』といった感じだ。

あの手のタイプの人は怒らせると手がつけられないような気がする。『いいよいいよー』が『気にしてないよー』に変化したのは危険信号だと思っていいと思う。

そしてある雨の日、ついに女性の堪忍袋の緒が切れた

・・・

女性から電話があった。いつものどこか飄々とした雰囲気はなく、口調からは隠しきれない怒りの感情が読み取れた。外は昨日から強い雨が降っていたので、俺は雨合羽を着て急いで店に向かう。女性がお望みなら抱えきれないほどのまんじゅうを買わされる覚悟をしておかなくては。傘では手が塞がってしまうからな。

店の前には女性が立っていた。眉間には深いシワが寄っている。その姿からは剣呑な空気が漂っていた。

おばちゃん「…お入りなさいな」

雨合羽を脱いだ俺は中に通された。そこには

ゆきぽ「zzz…」

ゆきぽが穴を掘って埋まって寝ていた。

P「…」

おばちゃん「…おでこのチビちゃんが散らかした時も、金髪のチビちゃんが私に鼻水ひっかけた時も、まだ何とか我慢できたけどさあ…これはちょっと、私の我慢の許容範囲を超えてるねえ」

いつかこうなる事は分かっていた。今まで何事もなかったのがむしろ不思議なくらいだ。

おばちゃん「このチビちゃんが穴掘る事くらいは聞いてたけど…いやいや、せめてスコップくらいは取りあげてからウチに通わせてくれてるもんだとばかり思ってたね私は」

そりゃそうだよな。いつ穴を掘るか分からないようなヤツにスコップ持たせて外に行かせるだなんて論外、もはや狂気の沙汰としか言いようがない。

P「…何と申し上げたら良いか…」

おばちゃん「…で?Pさんはどう責任とってくれる気だい?まずはそれからお聞かせ願いたいねえ」

P「もちろん、穴の修繕費は全額我々が負担させていただきます。その上でご迷惑をおかけしたお詫びとして償い金も必ず…」

おばちゃん「…そっちのチビちゃんの処遇は?」

P「…殺処分が妥当かと」

おばちゃん「いいのかい?アイドルの子たちにガツンと言えないのにそんな安請け合いして。あとから『事務所のみんなが反対したから無理』じゃあ通らない話だよ」

P「それだけは、私の進退をかけてでも必ず…」

おばちゃん「なるほどねぇ…Pさん、ちょっと私の昔話につきあってもらえるかい?」

P「え、ええ…」

おばちゃん「私がPさんとこの子たちくらいの年の頃はヤンチャでさぁ」

P「はぁ…」

おばちゃん「女どうしだと『陰口を言った、言わない』みたいな事でケンカになるものなんだけどねぇ。私はその時言われた側で、言った子に対してアッタマきちゃって。わざわざ家に帰ってウチにあった米俵担いでその子を町内中追いかけ回した事があってねえ」

P「こ、米俵?!よくそんなもの家にありましたね…そもそも、何で米俵?」

おばちゃん「おじいちゃんが米どころの農家でさ。新米を米俵で送ってくれたのがちょうど家にあって。なんかあの時は確か『見た目いかつくてその上ぶつけても何となく大丈夫そう』みたいな理由で選んだような…」

P「いやいやぶつけたらタダじゃ済まないでしょう…でも米俵って相当重いでしょう?よく持てましたね」

おばちゃん「さすがに一俵じゃなくて確か20キロくらいの小さいヤツだったっけ。それでもかなり重たかったけどねえ。結局その子に詫びいれさせて話は終わりなんだけど、次の日から町内の一部の人から私『米俵の女豹』だなんて呼ばれてさ。学生時代の私を知ってる商店街の人は今でもそのアダ名使ってるみたい。ま、若気のいたりってヤツさね」ケラケラ

P「ははは…」

少しだけこの場の空気が軽くなった事にホッとしたのもつかの間

おばちゃん「さて、今の話を聞いたところでもう一度お聞かせ願いたいねえ。どう責任をとるつもりだい?」

女性の眉間に再び深いシワが寄った。

どうやらこの女性は、やられたらやり返すタイプのようだ。

P「…つまり、ご自身の手での処分をお望みだという事でしょうか?」

おばちゃん「やっぱりPさんは話が早いねえ。やられっぱなしは性にあわなくてさ。それに一度やってみたい事があってねえ」

P「やってみたい事?」

おばちゃん「うーん、それはまあこっちの話。…そうだねぇ…じゃあこうしようか。あのチビちゃんは今日ウチに来てなくて、当然Pさんもウチには来なかった、って事にするのはどうだい?つまりこの話は私とPさんだけの秘密って事でさ」

P「なるほど…例えばここにたどり着く前に何らかのトラブルに巻き込まれた的な…」

おばちゃん「そうそう。それならPさんもあの子たちに処分のお伺いをたてる必要はなくなるしさ」

俺としたら願ってもない話だ。

その後も話し合いは続き、床の修繕費は俺が自腹を切る事にした。事務所の金を使うと金の流れからアシがついてしまうからだ。俺にも生活があるので費用によっては分割払いをさせてもらう事で女性に了承を頂いた。

おばちゃん「さっきチラッと言ってた償い金だっけ?今からPさんが私の手伝いしてくれたら、それはチャラにしてあげてもいいけど」

これも願ってもない話だ。何をするのかは分からないが、そんなに難しい事は要求されないだろう。俺がこの女性の手伝いをする事で話し合いは大筋で合意。俺的にはやっと一段落といったところだ。

おばちゃん「それじゃ、今からちょっと準備するからさ。準備が終わったら表に車つけるから、Pさんはその子と一緒に店の前で待っててよ」

俺はゆきぽを穴から引き抜く。

スポ

ゆきぽ「zzz…ぽえ…」スヤスヤ

人の家の床に穴を掘っておきながら、何の罪悪感もない安らかな表情で寝息をたてるゆきぽ。

P「…」イラッ

緊張がとけたら急に怒りがわいてきた。手伝いの際には俺も何発かぶん殴らせてもらおう。

しばらく待つと店の前に女性が運転する軽バンが停まった。俺はゆきぽを抱えて後部座席に乗り込む。


車内


P「お手伝いの時に私も何発かぶん殴っていいですか?コイツには内心含むところがありまして…」

おばちゃん「うーん…申し訳ないんだけど、首から上には手を出さないでもらえるかい?あと最初は手足もダメ。それでいいなら」

…顔がダメと言うのはかなりテンションが下がるな…

P「理由を聞かせて頂いても?」

おばちゃん「道すがら話す、って言ってももうちょっとで着いちゃうねえ」

昨日からの大雨の影響か、道も普段より比較的すいてるように思える。そういえば行き先を聞いてなかったな。

おばちゃん「◯◯川だよ。えっと、確かあの辺に車停められたと思ったけど…」

着いたのはこの近くを流れる川、その河川敷。川はこの雨でかなり水位が上がっている。

ザーザー…

ザッザッ…

降りしきる雨の中、河川敷にいるのは俺と女性、ゆきぽのみ。普通に考えてこの大雨の中河川敷に近づこうとする物好きはそうはいない筈だ。

おばちゃん「でも、絶対に人が来ない保証はないしねえ。チャッチャと済ませないと」スッ

女性が持っているザックから取り出したのはロープ。カウボーイの投げ縄のように先端に輪っかが作られていた。その輪っか部分に寝ているゆきぽの頭を通し、首元で軽く絞める。

おばちゃん「これでよし。事前に説明しそびれたから、これからはやりながら順次説明するよ。Pさん、コレ使って」スッ

渡されたのは軍手だった。俺は軍手をして、次の指示を待つ。

おばちゃん「さっきも話したけど首から上と手足はダメ。あとはPさんのお好きなように」

許可がおりた。ではさっそく…

ドボンッ!!

ゆきぽ「zz…ぽぅあ゛っ?!!!」

ドサッ

俺は抱えていたゆきぽに渾身の腹パンをくれてやった。ゆきぽはしりもちをついて地面に落ちる。

ゆきぽ「けほ、けほっ、こほっ!…ぽ?!ぽええ?!」パチクリ

快感だ。先ほどまでの穏やかな寝顔は一瞬で消え、何が起こったのか分からないといった様子で目をパチクリさせていた。拳への感触も快感の手応えだ。表面はプニプニだがその奥には強い弾力がある。マシュマロでくるんだゴムまりを殴ったらこんな感じなのかもしれない。

ゆきぽ「ぽ!」ゴソゴソ

寝ていたところに腹パンをくらわせた。コイツの次の行動はいわゆるドリル穴掘りだろう。この状態でそれをされると首にかけたロープが回転により首にからんで死んでしまう可能性がある。そんな結末は女性も望んではいないだろう。追撃だ。

ドプッ

ゆきぽ「ぽえええっ!」

再び腹につま先で蹴り

グシャ

ゆきぽ「けっほゴホ…ぷぎゅいっ!!」

前屈みになった背中を踏み潰す勢いで踏む

ドボオッ!

ゆきぽ「ぽぶぁあっ!!!」

四つん這いになったゆきぽの腹を蹴り上げた、その時

フワッ

ゆきぽが結構な高さまで浮いた。アイドル達が頭に乗せても平気なくらい軽い、マシュマロでくるんだゴムまりを蹴り上げたのだから浮くのは当然かも知れないが、少しビックリするくらい高く上がった。浮いたのを見て最初俺は自分の長靴が脱げて宙に舞い上がったのかと思ったほどだ。

ヒュー…

浮き上がったゆきぽは顔を下にして落下しはじめた。このまま落ちるのを見たい気がするが、首から上はダメなんだよな…

スッ

ドモンッ!

ゆきぽ「ぽ!…ゴホッ、ゴッホ!…ゴホ…」

ズルッ ドサ

おばちゃん「あはは、ナイストラップ」

落下してくるゆきぽの胸あたりにあわせて膝を立てた。膝が胸に当たったゆきぽは咳き込みながら尻から地面に落ちる。

おばちゃん「こんなもんかねえ。じゃあPさん、こっち来て」

言われるがまま俺は女性の元に向かう。

おばちゃん「チビちゃーん。この人はおばちゃんが捕まえとくから、今のうちにトンネル掘って逃げなー」

女性はゆきぽにそう呼びかけた。

P「大丈夫ですかね?あの甘ったれ、貴方に助けてもらうつもりでいると思いますよ」ボソボソ

おばちゃん「かも知れないねえ。Pさん、しばらくしたらできるだけゆっくりあの子に近づいてもらえる?身の危険を感じてなおかつ考える余裕があったら間違いなくトンネルを掘りはじめるよあの子」ボソボソ

ゆきぽ「ぽ!ぽぇ、ぽええっ!」オブオブ

はじめは女性の方にオブオブと手をのばしていたゆきぽだったが

おばちゃん「速くお逃げなさいな。おばちゃん、もうこの人のこと長く捕まえとけないよ」

その言葉を聞いた俺は指示通りゆっくりゆきぽに近づく。

ザッ…ザッ…

俺が徐々に近づくにつれ次第にその表情は恐怖に染まっていく。そして

ゆきぽ「ぽ?!ぽいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃ…」ドドドド…

ゆきぽがトンネルを掘りはじめた。

おばちゃん「Pさん、ロープを持って。ピンと張ったら一気にあの子を引きずり出すんだよ」

その為の軍手か。ほどなくして、たわんでいたロープがピンと張った。

ズルズル

俺はロープを引く。結構な手応えを感じるが、しょせんは蹴り上げただけで浮き上がる軽い身体の持ち主。綱引きならこちらに分がある。

おばちゃん「スコップでロープを切って逃げられて事務所に駆け込まれでもしたら終わりだよー。頑張ってPさん」

その通りだ。先ほどとは逆に、今度は考える時間を与えてはならない。俺は懸命にロープを手繰り寄せる。

ズルズル…スポッ

ゆきぽ「ゴッホゴホッ!ゲホッ…」

カランッ

ゆきぽが穴から出てきた。首のロープがギチギチに絞まって顔が青くなっている。手に持っていたスコップは地面に転がった。

おばちゃん「これで死んでも私は構わないんだけどねえ。もしPさんがもう少し楽しみたいのなら、ロープのここを押さえてここを力一杯引っ張るとゆるむよ。かなり固く絞まってると思うけど『もう無理』って思った時に更に力を入れると意外とゆるむもんさね。不思議だよねえ」

グイグイ…ズズッ…スルリ

ロープは女性の言う通り、本当にほどけるか不安に思ったところから更に力を加えると手応えが変わってゆるんだのちにスルリとほどけた。

おばちゃん「ここから先は首から下は全部オッケー、何なら仕留めちゃっても構わないよ」

P「そうですか、では…蹴り殺してやるッ!このド畜生がァーッ」

ドガッ!バキッ!ドゴンッ!ドムッ!グチャッ!

ゆきぽ「ぽぎゃっ!ぎゃっ!ぱぅああっ!ぷぎ!ぽんぎゃああああああああああああああああああああああつ!!!!」

ゆきぽの柔らかいおなかを、無防備な背中を、コッペパンのような腕を、丸っこい足を、蹴る、蹴る、踏む、踏む。

とは言え、首から上は禁止というのはやはり物足りない。この泣きっ面に拳や靴底をめりこませてやったらどんなにスッキリするだろうか。

P「あの…すいません。一発だけ、一発だけでいいんで、その…」

おばちゃん「あらやだ、ずいぶんとストレートなお誘いだこと。申し訳ないけどおばちゃん、こう見えても身持ちが固くてねぇ…」

P「あの…えっと…そうじゃなくて…」

おばちゃん「あはは、冗談冗談。そろそろ首から上がダメな理由を話しとかないと、やっぱりPさんもおさまりがつかないよねえ。その子もだいぶ弱ってきてるし、少しお話の時間にしようかね」

チラッ

ゆきぽ「ぽぅ…ひっぐ…うぇぐ…っ…;;」

ゆきぽの腕はスコップを持てないくらい踏み潰したし、足もあり得ない方向に曲がっている。逃亡の危険性はもうないだろう。

おばちゃん「さて、どこから話そうかねえ…そうだPさん、突然だけど中国の歴史上の人物の孔明さんってご存じかい?」

P「孔明?思い浮かぶのは諸葛亮孔明くらいですけと…」

おばちゃん「正解!やっぱり男の人はそういうの知ってる人多いよねえ。そう、その人だよ」

諸葛亮孔明は三国志の登場人物。三国志は学校の図書室で読める数少ない漫画の一つなので、知っている人も多いのではないだろうか。

おばちゃん「まんじゅうの起源は諸説あるけど、この孔明さんが起源って説があってねえ。ある時孔明さんが荒れ狂って渡れない河にさしかかった時の話。地元の人に聞いたら『この河を鎮めるには人間の首を捧げなければいけない』って言われたらしくて。孔明さんは『戦で多くの人が死んだ。もう一人も殺すことはできない』って思って、料理人を呼んで小麦粉をこねて人の頭の形に作らせて、中に牛や馬の肉をつめるよう指示したみたい。それを河に供えて祈ったら河は鎮まって、孔明さんは無事に河を渡ることができた。それがまんじゅうのルーツってのを昔聞いた事があってねえ」

なんかそんなエピソードもあったような気がする。俺は関羽が死んだあたりくらいからあまり真面目には読んでなかったから自信はないが。

おばちゃん「俗説だって言われてるけど、私はこの説を信じててねえ。まんじゅうが生け贄になるはずだった人の命を救って、河の神様を鎮めたなんてまんじゅう屋の私からしてみれば何だか誇らしい気分になれるって言うかさあ」

自分の仕事に誇りをもつと言うのは大事だと思う。俗説と言えば、昔ある学校のあるクラスを舞台にしたドラマでの有名な話、『『人』という字は人と人が支え合ってできている』というのも実は俗説だったりする。真実は人が一人で腕を垂らして立ってる姿を模したものが『人』という字のルーツだとか。このように真実より俗説の方が人の心をうち、信じてみたくなるような話である事は往々にしてあるものだ。

おばちゃん「そこでさあ、こんな状態の川にまんじゅうの起源を捧げてみて、ピタリと川が鎮まったら俗説と言われるこの説にも少しは裏付けみたいなものが得られるんじゃないかと思ってさ。それがここに来る前に話した『一度やってみたい事』さね」

P「なるほど。ところで、いったい何を供えるつもりですか?」

おばちゃん「おやおや、話が早いPさんにしては珍しく察しがよろしくないねえ。あるじゃないのさ、目の前に」チラッ

ゆきぽ「ぽえぇぇぇんっ…ひぐっ…ひっく…ぱうぅ…;;」

P「まさか…首を切り落とすつもりですか?まだ生きてますけど…」

おばちゃん「本当はPさんのさっきのアレで死んでてくれたらよけいに苦しまなくても済んだのにねえ」ゴソゴソ スッ

女性がザックからノコギリを取り出した。

P「流石にそれはちょっと…やり過ぎでは…」

おばちゃん「Pさんも言ってたよねえ、この子の処遇は殺処分が妥当だって。どうせ死んでもらうんならついでにちょいと私の好奇心も満たして貰おうって寸法さね。神様へのお供え物にキズがついちゃあいただけないじゃないさ。だから首から上はダメだったって訳。これでお分かり頂けたかい?」

P「あの…男のくせに情けない話なんですけど…私は血とかそういうの苦手でして…」

恥ずかしい話グロいのは本当に苦手、これは昔からだ。

おばちゃん「いいよいいよー、別に恥ずかしい話じゃないさね。怖いなら目ぇつぶってなさいな。この子の…そうだねえ。頭から1本生えてるゴキブリの触角みたいなのとスカートの裾持って固定してもらえるかい?あとは全部おばちゃんがやるからさあ」

もう後戻りはできないんだろうな…俺は少しこの女性を見誤っていた。この女性は仕返しはとことんやらないと気が済まないタイプの人のようだ。

P「…」グイ ギュ

ゆきぽ「ぽえぇぇぇん;;…ぷい?」

俺は右手でゴキブリの触角みたいなのを掴み、左手でスカートの裾を握った。

P「高さはこのくらいでいいですか?」

おばちゃん「いいよいいよー。さ、始めましょうか」スッ

ゆきぽ「ぽ…ぽー!ぽぉー!ぷや、ぽやっ!ぽやぁーっ!!」イヤイヤ!イヤイヤ!

コイツの足りない頭でも身の危険は充分感じられたようだ。激しく首を振ってイヤイヤと拒絶の意思を示すが、コイツに拒否権など当然あるはずもない。

P「だから店に行くのは控えろって言ったんだよ。俺の言う事聞かないから…諦めろ。お前は今日、越えてはならない一線を越えたんだ」

おばちゃん「おやおや、忠告はされてたみたいだねえ。忠告を無視するような悪い子は、強制的に来れなくなるようにするしかないさね」スッ

ゆきぽ「ぽやあーっ!ぽ、ぽ、ぽええーっ!!;;」イヤイヤ!

おばちゃん「泣いてもダーメ。許さないから。さてPさん、ここから先は見ない事をおすすめするよ」

俺は両腕に力を入れ、かたく目をつぶる。

ザクザク…ザクザク…

ゆきぽ「ひぅ、ひぅーーーっ!ぱうーーーーーーーーーーっっ!!」

いよいよ始まってしまった。

ツツ…タラー

スカートの裾を握っている俺の左手に生温かい何かが垂れてくるまでにさほど時間はかからなかった。

ブチブチ…ブチゴキッ…

ゆきぽ「ぽぽ…おぉ…」

目をつぶっても生々しい音は耳に入ってくる。いや、目をつぶっているからこそ余計に、なのかも知れない。

ゴリゴリ…ゴリブチッ…

ゆきぽ「…ぷぅ…ぶぷぅ…ぉぉぉぉ…」

プシュウ…

空気がもれる音がした。恐らくノコギリの刃が気管を切り裂いた音ではないだろうか。…やはり聴覚が過敏になっている気がする。いや、聴覚だけではない。先ほどから左手に感じる生温かい感触と鉄臭いにおい。視覚を遮断している分、他の感覚がやたらと鋭敏になっているようだ。

その時だった。

ボトボト…

P「おえっ!ゲホッゲホッ…」

おばちゃん「大丈夫かい?もうちょっとだから我慢しとくれよ」

P「ゴホッゴホッ…だ、大丈夫です…コイツ腹の中垂れ流したみたいで…モロににおい嗅いじゃって…」

過敏になっている嗅覚でゆきぽの排泄物のにおいを嗅いだ俺はむせてしまった。

おばちゃん「ごめんなさいねー。ゴム手袋とマスクも用意しとくべきだったねえ。Pさん、本当にもうちょっとだからもう少しの間辛抱しとくれよ」

もうちょっとなのは感触で分かる。ゴキブリの触角みたいなのを掴んでいる右手は段々軽く、逆にスカートの裾を握っている左手は段々重くなっていってたからだ。もう生きてはいないだろう。

P「大丈夫です。続けて下さい」

目をつぶっていれば大丈夫だ、というのはとんだ思い違いだった。視覚以外の感覚が俺にその凄惨な状況をありありと伝えてきた。

ゴリゴリ…ブチブチ…ブチッ…

左手がずしりと重くなった。完了のようだ。

おばちゃん「さて、左手はもう離していいよ。右手はまだしっかり持っててね。目をつぶったまま私の手の鳴る方についてきとくれ」

パンパン…ザッザッ…

おばちゃん「はいストップ。そのまままっすぐ右手のソレを前に投げて」

P「…」ポイッ

ボチャンッ

おばちゃん「どうかお鎮め下さい…と。Pさんはそこで待ってて。おばちゃんちょっと後始末してくるからさ」

P「あ、俺も手伝いますよ」

おばちゃん「いいよいいよー。だいぶ悲惨な事になってるし、Pさんにこれ以上無理はさせられないさね。あの子が掘ったトンネルに残ったの全部詰め込んで土被せて終わりだから」

なるほど。トンネルを掘らせたのは後始末の為か。俺たちで掘るのは確かに容易じゃないからな。

後始末が終わり、女性に俺の家の近くまで車で送ってもらった。俺は自宅の風呂で一時間かけて身体を綺麗にしたあと、近所のディスカウントストアでさっき使った雨合羽と全く同じものを買って、ソレを着て事務所に戻った。

その日の夕方、案の定『ゆきぽがいない』と騒ぎになった。騒ぐくらいなら最初から一匹で外出させるなと言いたい。

まんぜう屋の女性にも連絡はしたようが、当然知らぬ存ぜぬの一点張り。

一匹で出歩かせて何も起こらないと決めつけていた時点でこの連中は飼い主失格だ。俺は逆に一匹で出歩かせて何かしでかさないかと気が気じゃなかった。案の定取り返しがつかない事をしでかしてしまって今日、首と身体が泣き別れになってしまった。ゆきぽがいなくなってなかばパニックになっている事務所の連中を、俺はさめた目で見ていた。



雨はその日から、三日三晩降り続け、気象庁から『大雨洪水特別警報』が発表された。大雨洪水警報には更に上があったんだな、と俺は妙に感心した。

・・・・・

1週間後

事務所の連中は雨の中ゆきぽを捜し続けて風邪をひいた者や、ゆきぽの身を案じて憔悴しきった者もいた。

馬鹿じゃなかろうか、と思う。

さらわれたり事故にあったりする可能性を微塵も考えていなかったのだろうか。ご丁寧に交通系電子マネーを与えてみたり、こいつらのゆきぽに対する全幅の信頼はどこからきたのだろう、と思う。

ましてやゆきぽは怪力の上に刃物の如く鋭いスコップを忍ばせる、歩く凶器だ。一匹で出歩かせては被害者にもなり得るしあるいは加害者にもなり得る。そんな存在をフラフラ出歩かせている時点で飼い主としての責任を完全に放棄してるとしか思えない。先日の一件は時や場所、人が違えど起こるべくして起こった事だと思う。ゆきぽの失踪を嘆き悲しむ資格は、こいつらにはない。

とは言え俺だけゆきぽ捜索に加わらない訳にはいかないので、聞き込みという体で俺は『まんぜう屋』を訪れた。

P「先日はどうも…」

おばちゃん「…やっぱり孔明さんのアレは俗説だったのかねえ…それとも、◯◯川の神様だけがしみったれてるだけとか…いずれにせよあまり神様のお気に召さなかったみたいさねえ…」

P「はは…供えたモノが悪かったんじゃないですかね。いらないモノを押し付けたようなものですし…」

おばちゃん「それもそうさね。小麦粉も肉も今よりずっと価値があった時代の話だろうし、あのチビちゃんの生首供えただけで鎮まれ、はちょっと虫が良過ぎたのかもねえ」

P「逆に考えればあれだけ雨が続いたって事は、神様にお供え物はちゃんと届いてるって裏付けは得られたんじゃないでしょうか」

おばちゃん「さすがPさん、いい事言ってくれるねえ。いつかまた別のお供え物でも試してみようかね」

P「はは…まあ、先日の事は秘密と言う事で…そのご挨拶と言ってはなんですが、その…」

おばちゃん「本当にPさんはにくいくらい心得てるよねえ。10個入り3箱で…」

P「いえ、今日は10個入り2箱と8個入り1箱で…」

おばちゃん「あー…チビちゃんが一匹いなくなったからねえ。でもそれだと1個足りなくないかい?」

P「いえ、俺はいいので…」

おばちゃん「いやいや、Pさんにおあずけくらわせる訳にはいかないさね。1個サービスしとくから、ね?」


おばちゃん「毎度ありー。また来てね」


…サービスしてもらったのはありがたいが、俺はこのまんじゅうを口にする事はないだろう。あの日の出来事は未だに俺の心の中でトラウマになっていた。それを連想させるまんじゅうを口にするだなんて、今は考えられない。



落語の演目ではないが、俺は今、まんじゅうが怖い




まんぜう怖い 終わり

  • 最終更新:2017-07-27 16:38:32

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