恐怖の野良ゆきぽ


「昨日昼過ぎ、○○県××市で住宅6棟が倒壊しました。この倒壊で家にいた家族4人が死亡、一人が意識不明の重症です。
倒壊した住宅には巻き込まれたとみられるタヌキモグラの死骸が複数発見されたため、警察は近年増加しているタヌキモグラによるものだとみています。
関西では今年だけで合計60棟がタヌキモグラによって破壊され、深刻な問題となっています。そこでタヌキモグラに詳しい専門家の・・・」

Pは頭を振ってテレビから目をそむけた

「・・・タヌキモグラは好きで民家を破壊するわけではないんですね。まずタヌキモグラの生態を確認しましょう。
タヌキモグラは通常地下に巣を作って住んでいます。そこでミミズや昆虫を食べながら生きているわけですが、年に数回、地上へと出てきます。
本来は食料が尽きた時、獲物がなかなか獲れなかったときに仕方なく、食料の調達のために出てくるわけですね。
ですが近年、どうしたことか巣を民家の下まで広げています。・・・」

事務所のゆきぽを捨てた時から聞くようになった。

「・・・床下の巣の中で群れを作り、家のいたるところの床を掘りぬいて侵入します。
そしてポイントなのは家の食糧を物色する際に、冷蔵庫やタンス、とにかく多くの食糧を見つけるために全部壊しちゃうんですよ。
壊すものがなくなると今度は壁や柱を壊します。・・・・これについては我々専門家の中でも様々な推測が出されます。
壁や柱の中に食べ物が隠されていると思い込んでいるだとか、一部が興奮して暴徒化しただとか、結局のところ意図がよくわかりません。
タヌキモグラが柱を壊すと当然家が崩れて、グシャリです。どの倒壊した家でも死骸があるのは逃げ遅れた個体がいるからです。」

ヒトの食事の味を覚えたゆきぽが野生のゆきぽに教えたのか。

「・・・さて、生態を見ていきましたが疑問に思っていらっしゃるでしょう、なぜただのタヌキがこんなことができるのかと。
このモグラは我々の知るモグラではありません。人の形を模し、人外の力を備え、未知の素材でできた円匙(えんし)で全てを破く、
まさに「白い悪魔」というべき生物です。スクリーンをご覧ください。」

ゆきぽを飼っているときには一度も野生なんて出会わなかった。

俺が悪いのか、ゆきぽを捨てたのは完全な間違いだったのか。そんなことない。テレビを消そう。こんなことでは仕事が進まない。


「・・・なんでも貫くスコップ、岩も持ち上げる怪力、本当に、なんというか、規格外の生き物ですね。」
「そうですね。この一見かわいい外見も相手を油断させるためのものでしょう。このモグラは基本的に冬に備えて、
食糧を蓄えるため秋に襲撃する傾向にあります。『傾向』というのはニュースでもある通り、年中春夏秋冬にかけて見られるためです。・・・」


横倒しになったブラウン管テレビから、淡々とした男性の声が聞こえる。
画面は見えないが、おそらく七三に分けた赤ら顔の中年オヤジだ。プラズマテレビで見れば髭の剃り残しもきっと見える。
そういう男が全くの安全圏から目の前にいる化け物の知識を並べ立てているのが腹立たしかった。

「ぽえっ、ぽぇっ」「ぽー」「ぱぅー」「ぷぃー」

大きな穴をあけた冷蔵庫からお尻だけ出して尻尾をふりふりとさせているタヌキモグラ。
物色している冷蔵庫にはまだ買ったばかりの食材が並べられていた。
うれしそうに食材を腕いっぱいに抱えると畳の上にぽっかりと空いた穴の中へと落ちていき、またすぐに戻ってきてまた物色を始める。
ぽえぽえと喜んで鳴くヤツの尻に今すぐけりを入れてやりたかった。

「かぁちゃんが買ってきたんだぞ・・・お金だってやよい姉ちゃんと父さんが・・・」
あいつらに奪う権利なんて。そう思うと足が動いて

「長介、やめろ。」

立ち上がるとすぐに父の手に阻まれた。父は刺股を持ってモグラに構えている。
俺の家族は父の背中に守られるように、部屋の隅で震えている。

「絶対に、手を出すな。」

そういった父の背中は大きくて、目の前で家を荒らされているのに安心してしまう。父さんが守ってくれる。
兄弟達を抱きしめる母のもとへと引き下がると、母さんの手が俺の背中にも回ると心が落ち着き、さっきの怒りがなくなってしまったみたいだ。

タヌキモグラはちゃぶ台の上の夕飯を数匹がかりで運んでいく。ご飯、もやし。食器ごと穴のなかへと消えていく。
やよい姉ちゃんの代わりになかなか家にいることができない母さんが開いた、もやしパーティー。うれしかった。でも・・・
冷蔵庫と夕食の食糧を全部持って行ったタヌキモグラたちは、今度は衣服棚やキッチン棚をぶち抜いた。食べられるものはもうないはずだ。

一匹のモグラが本棚から何かを引き抜いた。ビニールに被せられた、古びた・・・本?
パリパリと音を立てるビニールがお菓子の袋だと勘違いしたらしい。
大きな本を抱えたまま畳の穴へと一直線へと向かう。

「やめろォ!!!」

突然の大声にタヌキモグラはびくりと跳びはねて歩を止めた。父さんが叫んだのだ。
わなわなと震える背中からは明らかに動揺が見て取れた。

「それだけは・・・持っていくな!この通りだ!勘弁してくれっ!!」

信じられないことに父さんは両手を畳につけてタヌキモグラに頭を下げた。
モグラは父をとぼけた顔で眺めている。どうしてその顔からこんなに酷いことができるのだろう。

「父さんやめてよ!なんであんな本・・・」

「本じゃない!あれは大切な」

父さんが顔をあげた時、穴へと走るモグラが見えた。俺はもう、ヤツにはあのまま行ってほしかった。だけど、それは叶わなかった。
見たこともない速さで刺股をとると、モグラの首根っこをとらえて畳へと押し付けた。
顔からべちゃりと倒されて、
情けない声を出しながらぷぃぷぃ泣いているモグラに俺はざまぁみろとほくそ笑んだ。

「返してもらうぞ。」

父さんが本を手にした時だった。
いきなり父の背中からあのスコップが飛び出してきた。父さんがうめいた次の瞬間にはお腹がもうなかった。

「ぽえっ♪ぽえっ♪ぽえっ♪」

父の手から滑り落ちたあの本が目の前に開いて落ちる。中にはみんなで笑っている家族の写真、おそらく父と母の若いころの写真である結婚写真。
父は書物ではなく思い出を取り戻そうとしていた。
崩れ落ちる父、たった一人の父親。その時俺はその体を支えてやることしかできなかった。

「うわああああぁぁぁ!!!!!」

弟の浩太郎が刺股をとりタヌキモグラへと突っ込もうとしている。とめなきゃ。だけど、
だけど俺には父のように制することはできなかった。


父さんを殺したモグラを、何度も何度も殴りつける。殴りつけるたび、「ぷぎっ」と確かな手ごたえを感じさせる声が出る。
まだだ、まだだ。父さんの感じた痛みはこんなもんじゃない。
「やめてっ!やめて浩太郎!」
母さんが叫んでいる。だけど振り向くつもりはない。いまはもうこいつだけを倒せればそれでいい。今だけはそれだけでいい。
突然後ろから抱きつかれて倒れた。母さんだ。邪魔しないでと言おうと体を回転させると暖かい感触が腹に伝わった。
さらに母さんの背中に乗ってスコップを握っている三匹のタヌキモグラ。間をおいて気付いた、血だと。

背中に乗った一匹が消えたと同時に、お腹に想像を絶した痛みが襲う。モグラは貫いた母の腹の上からさらに浩太郎の腹を掘る。
この世とは思えない絶叫が響いた。
お腹がなくなる痛みでも人は死なないという、人間の頑丈さを浩太郎は身をもって知った。
母の体の下で痛みに耐える浩太郎をモグラは、
さらに追い打ちをかけた。動けないことをいいことにスコップで鼻を削ぎ落したのだ。すさまじい絶叫が上がるが、
タヌキは表情一つ変えずにあのどこかだるそうな顔で、次々と顔の部位を落としていく。

「あああ!あ゛あ゛ああああああぁぁぁぁ!!!!」
「いやぁ・・いやあああああああああ!!」

姉であるかすみは弟の顔がなくなっていくだび悲鳴を上げる様を見てもう泣いて叫ぶしかできない。
まだ赤ん坊の浩三もただ泣きわめいていた。
タヌキモグラの目がその二人をとらえ、スコップを突き刺そうと跳躍する。
長介は、父の体を抱えて抜け殻のようにその様子を見ていた。
だがモグラのスコップはかすみ達ではなく、かばう母の背中に刺さる。
それでもヤツらは意に介さず、母の体とその下の兄弟を掘っていった・・・。

「やめてっ・・・やめて・・・」

モグラが掘った肉塊が長介の顔に叩きつけられたとき、精神が限界に達した。自分の足場が崩れていくような感覚を残し気を失った。


「・・・今までにタヌキモグラの殺人による死者は八千人を超えています。タヌキモグラを見つけた、あるいは襲われた時は絶対に戦わず、逃げてください。それから通報を行って・・・周りとの連携を・・・」


目を覚ますと見覚えのある天井が飛び込んでくる。直線に並べられた蛍光灯、柔らかい木の模様。
どこか埃っぽい床の臭いがはっきりしない頭でも確信させられる。学校だ。
首を横に向けると血だらけの顔が横たわっていて思わず悲鳴を上げた。

「起きたか。」

生きてた。血だらけの顔をした老人は横目で話しかけてくる。

「動かんほうがいいぞ、寝床がなくなる。」

「な、なんで?」

「もう場所がないからな。」

そういうと老人は目を閉じて再び眠りに着いた。現状を把握しようと床から立ち上がれば教室の様子がよくわかった。
生きている人はここに集められているようだ。頭から血を流した人や、うめき声が聞こえてくることから、どうやら怪我人の病室みたいだ。
白衣じゃないけど医者らしき人もいる。
残念ながら部屋を見渡してみてもかすみ達の姿は見えなかった。今はそれだけが心配であり、ぽっかりと空いた心の拠り所だ。
動かないほうがいいとは言われたけどそういうわけにはいかない、かすみたちが無事か確かめないと。
窓の外は大地震の後かと思うほど荒れていた。一言でいうなら俺は初めて地平線というものを見た。
あの生物がここまでの力を持つとは一度は対峙したことがあるとはいえ、にわかには信じがたかった。

学校中を練り歩いた結果、かすみは生きていた。病室のベッドで治療を受けていたらしい
左手の甲が半円型にえぐれていることが包帯越しにでもわかった。

「手、握れるのか?」

「わかんない。もしかしたら小指と中指はもうダメかなって言われた。」

「・・・そっか。浩三は?」

「浩三は・・・ね、」

「・・・ごめん。」

ああ、神様。



それでも俺たちは生きていたことに抱き合って喜びを分かち合った。
やよい姉ちゃんはどうしているだろう、あのときは幸運にも仕事で家にはいなかった。
浩司は友達の家に泊まりに行ったきりだ。無事だといいけど。
情報を交換して明日はまた進展があるかもしれないとその日はわかれた。
気づけばもう暗く、寝床に戻らざるを得なかった。ちなみに寝床はなくなりこそしなかったが周りの人に押されて狭くなっていた。
明日になったら本当になくなっているかも知れない。
ただ心配事はそれだけではなく、両親がいなくなったというのに俺は家族のことで一度も涙を流していないのだ。
お母さんたちのことを想っても悲しいなんて感情が浮かんでこない。
目の前で両親を亡き者にしたモグラタヌキのことを思い返しても憎いとも思わない。
俺は壊れてしまったんじゃないか。両親を殺されて悲しくない人なんていないから、そういう奴は人間じゃない。そんな悩みもついには睡魔に勝てずに深い眠りに落ちる。


初めて学校の敷居の外に出た。初めて教室から外の景色を見たとき、大地震のようだと表現したが、改めて近くで見るとそれは全く正しくなかった。
確かに家は見渡す限りすべて崩れていたが、電柱や家の塀、標識は全くの無傷でのびのびと建っている。ただの災害ではこんな奇妙な光景は見られない。

自分の家へ様子を見に行くときも建物の目印がなくなっただけで、「高槻」の表札を探すのにはそれほど苦労はないだろう。
家を見に行くのはもしかしたら浩司が、やよい姉ちゃんが様子を見に来ているかもしれないと考えたからだ。


家へ戻ろうと軽い迷子になってうろついていたところ、どこからか騒ぎ声が聞こえてきた。
怒ったような声と、大勢の笑い声。
今までに聞いたことのない種類の喧騒に自然と足が惹かれる。

「あ!長介じゃん!生きてたんだ!」

最後に会ってから2日も経っていないのに懐かしい声だった。俺を呼ぶ声は一人の小さな男の子。クラスメイトが笑顔でこちらへ駆け寄った。

「あーよかったぁ!!お前いなくなったら超さびしいもん!!」

「俺も、よかったよ。」

こいつとはよく遊ぶ仲だが正直好きではない。授業中にいきなり騒ぎ立てたり、空気の読めない言動をすることもしょっちゅうだし、「犬狩り」なんて過激な遊びをやりたがるからだ。

「おい、それよりもこっち来てみろ。面白いことやってるから!」

そういって手招きで俺を誘う。手招きされたその先は喧騒のもとだ。

「ぷぃっ!!ぷげぇっ!!ぷげぇぇっっ!!」

「つぶれろ!つぶれろ!」

そこにはボロボロになったモグラタヌキを怒声をあげながら踏みつけている男、そしてそれを囲んで笑っている男たちだった。
あの手も出せなかったモグラが男一人になすすべもなく踏まれていた。いや、それよりもなんでここにモグラがいる?
クラスメイトは察したように口を開く。

「あいつらはバカなんだよ。あ、今踏まれている『ゆきぽ』がな。・・・自分で人んち壊すのに逃げ遅れる奴が多いのさ。今その大バカを」

「なあ、『ゆきぽ』ってなに?」

「・・・知ってるだろ、モグラタヌキのことさ。」

「知らないよ。変な名前だ。なんでそんな名前に?」

「俺が知ったこっちゃない。ここじゃそう呼ばれている、それだけさ。」

「・・・ふーん。」

「なあ、ゾクゾクするだろ?」

クラスメイトがニカッと気持ち悪い笑顔を向けてきた。目を合わせることなく無視し、『ゆきぽ』へと目線を戻す。
ゆきぽは執拗な踏み付けから抜け出し、走って逃げていた。だが走る姿勢は危うく、両手でバランスを取りながらほっほっと前へ進む。
その後ろをさっきの男が笑いをこらえた表情で歩きながらその後を追う。

「踏みつけられたせいでうまく走れないんだ。」

「違う違う。あいつらはもともとあんな走り方だ。それに、踏みつけられたぐらいじゃあいつらはものともしねぇぞ。瓦礫に巻き込まれても生き延びるぐらいだからな。」

ああ、モグラだから地上の移動は苦手なのか、妙に納得した。

男はゆきぽの尻尾をつかんで仰向けにさせ、いきなりガラス瓶を頭へ叩きつけた。
ゆきぽの悲鳴とともにガラス瓶は割れて大小さまざまな破片へと分かれる。

「おらっ食え!」

男はそういうとガラス片を何枚もゆきぽの口の中へ、無理矢理入れてガムテープで蓋をした。
やれぇ!男が叫ぶと囲んでいた人間がゆきぽの顔を踏みつけ始める。何本もの足が何回も何回も顔だけを狙って踏むのだ。くぐもった声がその悲痛さを表していた。「ぱぅぅぅ!ぱぅうううぅ!」
何もここまでやらなくても。

髪の毛をつかんで小さな体を浮かせた。手足はだらしなく垂れ下がり、白い服は泥にまみれている。ぷっくりとした白い頬・・・だった、からはガラス片が突出していた。
男はガムテープを引きはがしてガラス片を吐き出させる。血が蛇口をひねったように出る。ポトポトと口から落ちてくるガラス片は、口に入れた時よりも枚数が増えていた。
そして緑色だったガラスはすべて赤色になっていて、そのなかには切れた舌も混ざっていた・・・。
もう限界だった。

「おい、どこへ行く?これからだぞ。」

「もうこんな悪趣味なグロイ拷問は見たくない!お前らはイカれている!」

「なんだと!お前も家族を殺されただろ!?復讐だよ!!当然のことだろ!!」

「あんなに殺しておいてまだ復讐だとか言うのがおかしいんだよ!」

俺は男たちのその横にある「復讐の成果」を指差した。


それはゆきぽの頭だった。頭だけが、棒に突き刺さって立っているのだ。
さながらさらし首。どれも苦痛に満ちた顔で首を刈り取られていた。
所狭しと突き立てられた晒し首は100はゆうに超えている。
さらにその首たちの腐臭の凄まじさがより不愉快な場所へと変えていた。
あの男の拷問の中、ずっと見せつけられていたのだ。

「あれがどうした?見たくない~っとか言って、なんで今まで見れたんだ?え?」

「あんなもん見せられたら誰だって固まるに決まってるだろ!」

「そうかな。みんなあの首たちを見た途端、全員逃げたぞ。逃げなかったのは、お前が初めてだよ!もしかしたら素質があるかもなぁ!長介ぇ。」

「か、勝手に言ってろ!バカ!あほ!拷問野郎!」

クラスメイトに背を向け、素早くここを立ち去ろうと歩く。素質だとか言いやがって、俺は正常だ!普通だ!
拷問だなんてやよい姉ちゃんが見たら悲しむぞ!!姉ちゃんが悲しむことなんか・・・

「ぽぐぎぃぃぃぃああああああ!!!!!!」

けたたましい叫び声。思わず振り返ってから、後悔する。しまった。
さっきの男がのこぎりを片手にゆきぽの首を掲げていることはそんなに重要じゃなかった。
クラスメイトがこちらを見るのが分かっていたかのように、
ゆっくりと親指を立ててにっこりと笑顔を作る。

俺は走った。あれは叫び声にびっくりしただけだ、好奇心なんて混じっちゃいない。反射。そう、反射でああなっただけ。俺はあいつらとは違う、絶対に。


確かに我が家であっているはずだ。表札も高槻とかいてある。同性の人はそういないはず。
だが姉ちゃんも浩三もそこにはいなかった。それでも希望は捨てていない。
瓦礫の山と化した我が家の上を瓦礫で足を切らないように慎重に進む。何か使えるものはないか、探すために。

「ぷいぃ~・・・」

耳を疑った。まさか。声のしたほうへと向かう。

「ぽうううぽううう・・」

いた。ゆきぽが瓦礫に埋もれて、あの短い手だけを片手でピコピコと振っていた。
どうしようかと悩んでいると、瓦礫の隙間からゆきぽと目があった。

「ぽえ!ぽえ!!ぽぇぇぇぇ!」

藁にもすがる思いというものだろうか、この声は逃げ出す時の鳴き声じゃなかった。
助けろ、そう言っている。

「わかった。」

俺はあいつらとは違う。親を殺した種族とはいえ、無暗に命を摘み取るような真似はしない。
一応、埋まっているもう片方の手にスコップが握られているかもしれないので、慎重に距離を取りながら瓦礫を取り除く。
幸い、瓦礫から救出されたゆきぽはスコップを持っていなかった。
それはよかったのだが両手をやられたらしい。立って歩こうとしても両手でバランスをとれずにそのまま右にべちゃり左ににべちゃりと進まない。
ついには両手をわきにだらりとぶら下げてへたり込み、ぷぃぷぃと泣き出した。

「わかったわかった。どうしてほしいの?」

声をかけるとふいと泣き止み、首を横に向けて一点を凝視し始めた。

「あっちに連れて行ってほしい?」

「ぽえ」

ゆきぽは頷いた。人語を解するとはニュースにもなかった情報だ。小さく驚く。

ゆきぽのわきに両手を入れて持ち上げる。見た目よりも軽く、ふにふにとしていて柔らかかった。どこからあんな力が出るのか。
ゆきぽが示す場所は我が家にあった。そこはなぜか瓦礫がほとんどなくて、畳がむき出しになって見えている。
そして、その真ん中にはゆきぽが余裕で入る穴。すべてあのときと同じ、同じ場所でぽっかりと空いている。

「ぽえっ♪ぽえっ♪ぽえっ♪」

ゆきぽがその穴を見ると元気に体を揺らし始めた。「ぽえ」というたび揺れるおかっぱ頭、ふりふりと振るタヌキみたいな尻尾。
そして白い服にべったりと付いている真っ赤な血。

特に確信はなかった。声が似ている、しっぽが生えている、血がついている、ここに埋もれていた、
父さんの腹をえぐった時に発した、あの笑い声が似ていた。それだけだ。
どれでもよかったのかもしれない、ゆきぽであれば。

「ぽえ?」

穴を通り過ぎた。向かう先はすぐそこにあった、コンクリートから露出し天に向かって飛び出している鉄筋。

「!?ぽええええええええ!!」

ゆきぽが指へと噛みついた。さすが野生だ。危険を素早く察知した。だがもうたとえ指を噛みちぎったとしても離す気にはなれない。
指から血が滴る。暖かい。暖かいと感じたのは家族が死んでから初めてだ。
鉄筋の前で立ち止まり、うまく成功させるために素振りを数回。上から下へ、振りかぶっておろす。

そして、渾身の力でゆきぽを鉄筋の上へ振り下ろした。

ドスッ

「ぽぎぃぃぃぃ!!!!!」

見事、ゆきぽのケツの穴に鉄筋を突き刺せた。
突き刺された瞬間、目を剥きエビぞりになって届かない両手で尻を押さえている。両手が使えるようになったのは意外だった。ショック療法なのか、どうでもいい。
ゆきぽの尻から鉄筋へと血が伝う。

「ぽ・・・・ぽ・・・ぉ・・・」

ビクビクと震えるゆきぽ。痛みに耐え、頬には涙。

「お前が父さんを・・・!」

ゆきぽの頭を押さえつけ、押し込む。

「ぽご・・ぉぉぉあああああああ!!!」

使えるようになった両手で必死に俺の手を掴もうとしている。だが実際はお前の頬のあたりでピョコピョコと手を振っているだけだ。

「全部お前のせいだ!!!」

「全部・・・全部!!!」

「ぷぎええええ・・・ぷぐぅぅ!」

力がこもり、ゆきぽの体は少しずつ沈んでいく。

「ころしてやる!!ころしてやる!」

尻からさらに血が噴き出した。

「ころす!ころしてやる!」

白目をむいた。

「しんじまえ!!!しんじまえ!!!」

両手が力なく下がる。

「おっしね!!!おっしんじまえ!!!」

ズボッ。

それまで押さえつけていた頭が急に下がった。なにかと見るとゆきぽの喉元から鉄筋がまっすぐに飛び出している。ゆきぽはとうに絶命していた。

「はあっ・・・はあ・・!」

昂ぶった感情を抑えにかかる。自ら生み出した結果を横目で見た。
一本の棒で全身を支えられたゆきぽは、カカシのようにみえた。



「はっ・・・はははっ!」

乾いた笑い声が漏れた。この時はきづかなかったが口角も吊り上っていた。

「はははっ!!あははははっ!あは

「長介・・・?」

俺の名前を呼ぶ声。待ち望んでいた声だった。やよい姉ちゃん、無事だったんだ。


「姉ちゃん。」

笑顔で振り返ると、そこに期待していた姉ちゃんはいなかった。
顔は青ざめて、顔が引きつっていた。

「ぶ、無事・・・だったね、・・よかった・・・」

足は震えて内またになりながら、なんとかそれらを押さえつけようとしている。

「見てたんだ、あれ。」

「う、うん・・・け、けど・・無事だったね・・・・。」

「ねぇ、姉ちゃ・・・」

「ひぅ!!!?」

俺が一歩踏み出すと、大きくびくついて下がった。
姉ちゃんの顔は、弟と再会を果たすそれではなく、ただひたすら恐怖がにじみ出ていて。
もう、認めなくてはならなかった。とっくに壊れていたのだ。



俺はあいつらと同じだった。

  • 最終更新:2014-02-20 22:11:51

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