成長

事件の最初の目撃者、765プロアイドル、菊地真はこう語る。

真「ボクはその時、まこちーと一緒に休憩室にいたんです。そしたらゆきぽが床に穴掘って寝てて。『あーあ、律子かプロデューサーに見られたらまた怒られるんだろうな』って思いました。告げ口するのもどうかと思ったから見て見ないふりをしたんです。そしたら…」

ガチャ

『あー寒い寒い。この時期の外回りはこたえるなぁ』

真「プロデューサーが入って来たんです。手にコーヒーが入った紙コップを持って。あの時は『あちゃー…』って思いましたね」

バシャ…コロコロコロ…

真「穴を掘って寝てるゆきぽが目に入った瞬間、プロデューサーが紙コップを落としました。見たらもの凄く怒った顔をしてて。えっ?あのツルツルの顔で怒ってるかどうか見分けがつくのかって?そりゃ分かりますよ。ツルツルの顔にマスクメロンの網目みたいに血管がクッキリとビッシリと浮き出てましたから。下手な表情よりよっぽど分かりやすいです。大声で怒鳴ると思ったので、ボクは手でまこちーの耳をそっとふさぎました。そしたら…」

ス……スゥ~… ググ……グ…

バリイッッ! バッ ザ…

真「プロデューサーが息を大きく吸い込んで身体に力を込めた次の瞬間ッ!スーツの背中が破れてパンツ一丁のプロデューサーが飛び出しました。破れたスーツはスーツはそのまま直立…ッッ…まるでセミの脱け殻みたいにッッ!」

ツカツカ…

真「プロデューサーはゆきぽに近づいて…」

『貴様は俺を嘗めたッッッ』

ビクッ!

真「そう叫びました。…ボクには怯えて震えるまこちーを抱きしめる事くらいしかできませんでした」

『ぽ…!』ピョン

真「ゆきぽは寝てるときに大声で驚かせると、ビックリして下の階まで貫くほどの穴を掘ります。でもそんな事を今のプロデューサーが見逃すはずもなく…」

『キャオラァッッ』ゴキンッ!

『ぷぎっ!』

真「ボクのやってた空手の流派では『鉄槌打ち』って言ってました。こう、拳を握って小指側を打ち付けるんですけど…」ギュ

『…』ユラリ

『ぷいぃ…ぽ、ぽええぇぇぇ~~んっ!;;』

『ウワアァアオオオォ』

ドゴン!ドゴン!ドゴンッッ!

『ぽぎっ!ぷぎっ!ぷあうっ!ぽうぅ…!』

ズブ…ズブ…

真「『鉄槌打ち』で頭を滅多打ちでしたね。打たれる度にゆきぽの顔は穴に埋まっていきました。元々顔が入るはずのない大きさの穴に、頭を打ち据えられてぷにぷにのほっぺがギチギチに詰まっていって…」

『ぷぅ…ぷうぅぅぅ…』

真「穴におさまりきれないほっぺが盛り上がってまるでパンストでも被ってるみたいでした。鼻先?くらいまで顔が入った、その時…」

ムンズ バオッ

『ぷんぎゃあああああああああああああああああッッ!!!!』

真「プロデューサーがゆきぽの髪を掴んで思いっきり穴から引き抜きました。ほっぺはその勢いで擦れて…ええ、ズタズタです」

『ぽおおおおおおおッ!ぱうーーーーーーーーーーーッッ!!;;』バタバタ

『…』グッ

真「見てるこっちまで痛くなる気分でしたよ。まこちーにだけは見せないように、抱きしめてる手にいっそう力が入りました。プロデューサーはゆきぽの髪を掴んだまま…」

ブンッ メキョッ

『ぽんぎゃああああぁぁぁぁ…』

真「壁に叩きつけました。その後……?分かりません。なんでか…って?ゆきぽの身体は壁をぶち抜いて隣に行ってしまったからです。ほら、よくギャグ漫画とかで壁とか床に叩きつけられた時に人型の穴が空いたりするじゃないですか。あんな感じでした。最近まこちーに飲ませてるコーラはトクホのなんですけど、そのトクホのマークみたいな穴を残してゆきぽはこの部屋からいなくなりました。プロデューサーはドアを開けてゆきぽを追って。ボクはただ、まこちーを抱きしめてその場でぼうぜんとしていました」

・・・

「そこからは私が話します」

第二の目撃者となった765プロアイドル、秋月律子。

『…ぁぁぁあああああああっ!!!!』ゴバッ ドッ ゴロゴロ…

ガチャ

律子「隣の部屋が騒がしい事には気がついていました。プロデューサーが入ってきたので事情を聞こうとしましたけど…」

『騒がせてすまない。すぐ終わらせるから』

律子「意外にもその視線は静かで……とても暴行のさ中のものではなく……その時でした」

『ぽえぇぇぇん;;ぽぽー!』スコップ スッ

律子「ゆきぽが起き上がってスコップを取り出したんです。逃げる為か、それとも戦う為かは定かじゃなかったですけど…」

『…』キョロキョロ

律子「プロデューサーは辺りを見回して何か探しているようでした。まあ、あの状況で探しているモノなんて武器以外に有り得ないんですけどね。ゆきぽのスコップはコンクリートを掘り抜きドアくらいなら余裕でふき飛ばすので丸腰では危険でしょうから。でもここは仮にもアイドル事務所、武器になるようなモノなんてある訳がない、そう考えてたところが私にもありました……でも、あるんです。アイドル事務所のみならず、オフィスには必ず設置が義務づけられているモノッッ …理解りませんか」

『だおオッ』

ブンッ ガンッ

『ぎゃっ!』

カランッ…

律子「それは…消火器ッッ!オフィスには必ずある…否ッ!なくてはならないッッ!『武器を持っている』。このゆきぽ唯一のアドバンテージは最初の一撃で覆されました。プロデューサーはホースの先端を持って本体を振り回し、ゆきぽに叩きつけたんです。その衝撃でゆきぽは持っていたスコップを落としてしまいました」

ゴキンッ!ゴキンッ!ゴキンッ!

『ぽぎ!ぷぎぃっ!ぽぎゃああああああああッッ!』

ブンッ スポッ ガンッ! ガランガラン…

『チッ…仕留め損ねた』ホース ポイ

『ぽ…ぽ…』ピク…ピク…

律子「ゆきぽが動かなくなるまで続くと思われた消火器での打撃でしたが、そもそも消火器はそういった用途で使われるモノではありません。ホースと本体が外れ、本体が天井に激突したあと、床に転がりました。その音で我にかえった私はプロデューサーに『もうやめて下さい』と言いました…」

『ああ、もうやめるから』ガラッ

律子「プロデューサーはそう言って窓を開け、ゆきぽの髪を掴んで持ち上げました、そして」

『今までありがとう律子。邪ッッッ』キャドッッ

律子「そう言い残して窓から飛び降りたんです。私はあわてて駆け寄ろうとしましたが、危ないからってぴよぴよに後ろから引っ張られて止められました。…私が見たのは、そこまでです」

・・・・

「ここからは私が話しますぅ」

第三の目撃者となったのは、765プロアイドル、萩原雪歩。

雪歩「プロデューサーが事務所の窓から飛び降りてきたのは私がちょうど事務所の前まで着いた時でした。プロデューサーが上半身裸なのも、高いところから飛び降りるのも、まあ、なくはない事でした」

ズシャアアアアアア…

『ぎィやあああああああああああああああああッッ…』

雪歩「この世のものとは思えない叫び声と焦げたような臭い、落下するたびに
ビルに刻まれる赤い線を除けば、ですが」

ダンッ ヌチャ… ポタ…ポタ…

雪歩「プロデューサーが着陸した時、何か手に持ってたから見てみると、タヌキみたいな尻尾が見えて…私は怖くなって物陰に隠れました。はい、見間違いなんかじゃありません。プロデューサーが持ってるのは…ビルに刻まれた赤い線の元は…ゆきぽなんだと確信しました。…地面に降り立ったプロデューサーの背中、何だかすごく迫力があるって言うか…何て言ったらいいか分からないんですけど…私のお父さんのお仕事の業界で、私と同じくらいの歳でもう既にたくさんのお弟子さんを持ってる人がいるらしいんですけど、お父さんいわく『その人の背中はすごい』らしいですぅ。確かおとこだち?とか言ってたような…そのすごい背中って、もしかしたらこんな背中なのかなって思いました」

ザワザワ…

雪歩「下はちょっとした騒ぎになってて。プロデューサーは一階のたるき亭さんのドアを開けて…」

『ごめんください。三階の者ですが、そちらの天井に穴を空けた害獣の処分が終わりましたのでご報告を』

『表から来んなよ!裏に回れ!』

雪歩「プロデューサーが裏に回ったその時、私は急いで事務所への階段をかけ上がりました。…私が見たのは、これで全部ですぅ」

・・・・・

高木「なるほどねぇ…先ほどたるき亭の店長さんから『あの件は水に流す』と連絡を頂いたのはそう言う事か…あれだけの大立ち回りを演じた以上、彼がもう事務所に戻る事はないだろう、そう思って彼の私物を自宅に送ろうとデスクの中を調べたところ、気になるモノがふたつ出てきた。ひとつは辞表。遅かれ早かれいずれこうなる事を彼は分かっていたみたいだねぇ」

ザワザワ…

高木「詳しい内容は伏せるが、我慢の限界に達したようだ。必死に外回りをして取って来た仕事の利益が床の修繕費などという有り得ない使い方をされている現状に強い憤りとひどい徒労感を感じていると記されてあった」

ザワザワ…

高木「寒い中事務所の為、君たちの為にと外回りに行って帰って来てみたら、何も生み出さないあの生き物がぬくぬくと空調のきいた部屋で、あろう事か床に掘った穴の中で惰眠を貪っていればそりゃあ頭にもくるだろう。彼の心情は察するに余りある」

律子(あの時の『やめる』は『辞める』って意味だったのね…)

高木「事務所のみんな、無論私も含めてだが、みんなが彼を孤立させてしまった。みんなが彼をここまで駆り立ててしまった。私たちは愚かだった……彼にとっては……気の毒な結果と言わねばなるまい」

シーン…

高木「さて…もうひとつだが…北海道のとある人里離れた土地の権利書があった。50坪ほどの土地を彼のお金で765プロ名義で購入したモノのようだが…」

律子「何でそんなモノを…?」

高木「ふむ、これに関しては覚えがある。以前彼はあの生き物たちの躾の参考として、某動物王国の主の本を読んだと話していた事があった。もっとも、主があまりに凄すぎてとても参考にはならないともらしていたが…」

響「確かにあの人は常人と同じ尺度じゃ計れないさー…確か北海道の無人島でヒグマと暮らしたんだよね?」

高木「その通り。恐らくだが、彼なりのメッセージであり置き土産ではないだろうか。あの生き物たちを飼うのなら最低限他人に迷惑をかけないように、というメッセージであり、もし手に負えないようならこの土地を使って誰にも迷惑をかける事なくひっそりと暮らさせる為の置き土産だろう、と私は解釈した。まあ、使わなければ使わないにこした事のない土地だが…彼のせっかくの最後の心遣いだ、ありがたく受け取っておこう」

アイドル達はこの先、これらの事に対してどんな答えを出すのだろうか?それはまだ、遠い先の話……ともあれPはこの日を境に765プロ事務所から姿を消した。

・・・・・・

Pは自宅で簡単な身支度をして福岡行きの新幹線に乗っていた。トップアイドルを育てるという目標はまだ彼の胸の中にある。だが東京で活動すると嫌でも765プロの面々と顔を合わせる事になる。それを煩わしいと感じたのが旅立ちの大きな理由だが、今の時代トップアイドルを目指すのに必ずしも活動拠点が東京である必要はないのも理由のひとつだった。Pが新天地に選んだ福岡は過去幾多のアイドルを輩出した土地であり、ローカルアイドルの活動も盛んで、最近では千年に一度の美少女と言われるアイドルを世に送り出した。某国民的アイドルグループの総選挙でV3を達成したアイドルも表向きは一応福岡のグループに所属している。

流れる景色を眺めながら、Pはぼんやり考える。

迷惑と損害を生み出し仕事を徒労にかえる害獣をこの手で始末した事。最大の被害を受けたたるき亭の店長にその報告ができた事。店長に『ちょっと遅かったがよくやってくれた』と労われた事…

置き土産の土地に関しては、数年後手に負えないぷちを収容するぷちホームが建つのではないか、とPはにらんでいた。その土台を用意したまでだ。

彼が765プロにできる事は全て成した。雪歩が見た背中は覚悟を決めた男の背中。そして覚悟を決めて765プロを飛び出した彼は今、プロデューサーとして長ずる為に新たな一歩を踏み出そうとしている。


『成して』『長ずる』



だから成長というのだろう これを成長というのだろう





成長 終わり

  • 最終更新:2018-01-20 19:12:46

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