育成
「まきょーまきょー」「やーやー」
見学している施設のあちこちからまこちーの鳴き声がする。
この施設では、まこちーを育成している。どの個体もでっぷりとしていて肉付きがいい。
でもなんで太らせてるんだろう? まこちーはそこそこ力もあるし俊敏だ。太らせてしまっては意味がないような気がする。
「ところで、この施設ではなぜまこちーを太らせてるんでしょうか? まさか食用、ってことはないですよね」
案内係の人に尋ねる。
「いやいや、さすがにぷちどるは食べられませんよ。まこちー達は、プロアマ問わず、スポーツ選手の『トレーニング相手」』として育成しているのですよ」
トレーニング相手か。確かに格闘系の選手なら、いいトレーニング相手になるだろう。そのために身体を大きくしているのか。
まこちーの食事は人間に近いものだった。量は毎食、成人男性一人分くらいだが、まこちーにはかなりの量のはず。一日につき2回で、食後は必ず睡眠時間だという。力士かよ。
「あ、ちょうどまこちーの『旅立ちの試験』が始まるところですよ」
ある程度大きくなったまこちーたちが集められているのが見える。数は20くらい。部屋の真ん中に大きなステージがある。
数は多くないが、いくつかの団体、個人で活動しているアスリートたちが見に来ている。
まこちーが彼らに引き取られることをこの施設では「旅立ち」と言うらしい。
「ところで、試験ってどんな内容なんですか? 筆記試験とかやるんですか?」と聞くと…
「いえ、殴り合いのバトルロイヤルです」
「へっ?」
「まぎょぉぉぉぉぉっ!!」
「やぁぁぁぁぁあっ!!」
うわっ! ホントに部屋の中で殴り合いが始まったよ。さすがにプロテクターはつけてるようだけど、大丈夫なのかこれ…
30分くらいステージでバトルロイヤルが行われた末、最終的にステージに立っていたのは2体だった。
「へへっ」
「まきょっ!」
誇らしげに胸を張る2体。
「この試験に勝ち残ったまこちーだけが『旅立つ』ことができます」
「なるほど、強い個体のほうがトレーニング相手としてはふさわしい、ということですね。ちなみに負けたらどうなるんです? まさか殺処分…」
「いえ。『旅立つ』ことができなかったまこちーには、新たな役目が与えられているようです。といっても、私はその新たな役目のことまでは聞いておりませんが…」
「まぎょぉぉぉぉぉ」 「ヤァァァァァァァァ」「まきょきょきょきょきょ」
試験前の威勢はどこに行ってしまったのか、ひどく怯えた様子の敗れたまこちーたち。「新たな役目」ってなんなんだろう…
***
「旅立ち」できなかったまこちーたちは、今度は体作りではなく暴飲暴食により太らされる。そしてその後、ある場所に「出荷」される。
そこは秘密の遊戯場。ストレスを抱えた現代人の「癒し」の場。
何かを叩きつけるような、鈍い音と、悲鳴のような音とが鳴り響く。
「まぎょぉぉぉぉぉ!!!」
「ヤァァァァァァァァ!!」
「ははっ!!いい! いいよコレェ! 何かに目覚めそうだよ!」
「殴るたびに悲鳴をあげるサンドバッグなんてたまんねぇ! 何が入ってるんだこれ!」
サンドバッグが悲鳴を上げるたびに、客たちは勢いを増し、また殴りつける。もはやその音は叩く音ではなく、何かが潰れたような音に変わっている。
「まぎょ」バキッ!
「やぁっ」ベシャ!
「ぎょぉぉぉぉっ」グシャァッ!
「ま…きょぉぉ…」ズドン!
「………」
「ありゃ。音が出なくなっちまった。まだ時間残ってるのに。すいませーん。サンドバッグ交換してくださーい」
「かしこまりました」
サンドバッグが交換されると、また客は、悲鳴をあげるサンドバッグを時間いっぱい殴り続けるのだった。
「オラァッ」
「ぎょぉぉぉぉぉぅ」
「セイッ」
「まぎょぉぉぉぉぉぉっ!!」
「オラオラオラオラオラオラぁ!!」
「まぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょぎょ」
「こいつでしまいだあぁぁっ!!」
「ぐぎょううっ」
ちなみに、音の出なくなったこのサンドバッグは回収され「専門の業者」に委託され廃棄される。
「おおーこれまた派手に殴られたなぁ…ぐっしゃぐしゃじゃないか。肉塊になった“こいつ”には未だに慣れないわ…」
「まぁ、『旅立つ』基準に達してなかったやつの役目としては適当じゃないか? あんなブクブク太らされちまったらもう動けないだろうし。さあ、さっさと回収しようぜ」
***
「まっきょまっきょ」
「まきょぉ~~」
「へへっ」
「ぎょぎょぉぉぉう」
「ヤヤヤヤヤヤ」
「まぎょ!!まぎょぉぉぉぉーーーーー!」
今日もまたまこちーたちの鳴き声がする。
この施設では、まこちーを育成している。どの個体もでっぷりとしていて肉付きがいい。
アスリートの相棒として旅立つ者、ストレスを癒すための役目が与えられる者、まこちーはいろいろな形で、世の中の役に立っている。
- 最終更新:2018-06-11 05:40:06