金のスコップ

ある森の中を、一匹の野良ゆきぽが歩いていました。

「ぽっぽえ~♪ぽぽぽ~♪」

鼻歌交じりで暢気に進んでいきます。肩には愛用の大事な鉄のスコップ。長年使い続けたことによる錆や傷がどこか勲章のようでもあります。
さてこのゆきぽ、どこか穴を掘るのにいい場所はないかなと、特に当てもなく辺りを散策していました。

「ぽ~…ぽぇ?」

と、途中で開けたところに出たあたりで、ゆきぽは足を止めました。森の中に、小さいながら泉が広がっていたのです。お日さまの光をきらきらと反射させ、美しい水面が小風に揺れています。
風情も何もわからないゆきぽですが、これがとてもきれいなものだというのはそれでも感じ取ります。

「ぽぇ!」

今日の穴掘りはここにしよう、と決めるゆきぽ。早速泉が臨める近くの地面にスコップで穴を掘り始めます。
手慣れた動作で勢いよく、穴が目標の中程まで掘り進んだ時のことでした。

「ぽぇ~…ぽっ?」

すぽっと、力いっぱい振り回していたスコップが、ついゆきぽの小さな手から抜けてしまったのです。
ゆきぽがそれに気づいた時には、勢いよく放り投げられたスコップが、目の前の泉の中にぽちゃんと沈んでいってしまったのでした。

「ぽ、ぽぇぇ!?ぱぅぅぅぅ!!」

慌てて泉まで駆け寄り、拾い戻そうと短い手を伸ばします。しかし、スコップは見えもしません。
基本的に浮き輪などがなければ泳げないゆきぽ、深さが分からなければ水に入ることもできません。
まあ中にはそれでもお構いなしに宝物を追って水に飛び込み溺れ死ぬおバカさんも少なくないのですが、このゆきぽは珍しくそういった判断が咄嗟についたようでした。

「ぽぃぃぃぃ!!ぷぃぃぃぃぃ!!」

何にせよ、大事な相棒ともいえるスコップをなくしてしまったゆきぽ、嫌だ嫌だと涙を流して、それでも必死に届かぬ手を伸ばし続けるのでした。

「ぽぇぇ~ん、ぱぅぅ~」

しばらく泣き止まないでいるゆきぽでしたが、そうしているところでふと、泉の中から何か光り輝くものが現れ、眩しさと驚きにはっと泣くのをやめます。

「あら~」

やがて光が収まり、そこに立っていたのは泉の精です。泉の精ということにしておきましょう。
体の大きさはゆきぽと同じぐらい、その小さな手には、それぞれその体に相応しいくらいの、そう、ちょうどゆきぽが使っていたようなスコップが二本握られているのでした。
ゆきぽが目を疑ったのは、突然泉の中から何者かが現れたこと以上に、そのスコップの姿です。形大きさこそついさっき自分がなくしてしまったものと瓜二つですが、どちらも爛々と輝き眩しいばかりの、片方は金、もう片方は銀でできたものだったのですから。
こんな煌びやかで美しいスコップを、ゆきぽは見たことも想像したこともありません。そして今手元にはスコップがない状態、無意識にその目には期待の色が浮かんでいました。

「あらあら~」

泉の精は二本のスコップを差し出して言いました。あなたが落としたのはこの金のスコップですか、それともこの銀のスコップですか。にこにこと柔らかな笑みを湛え問いかけます。
単純でお馬鹿なゆきぽは戸惑いました。自分が落としたのはどっちでもない、おんぼろの鉄のスコップ。でも、こうして差し出してきてくれたってことは、どっちかくれるってことじゃないだろうか。都合よくそんな風に考えます。
あふぅあたりでしたらこういう場合何の躊躇いもなく両方を選ぶのですが、生来どうでもいいところで控えめなゆきぽ、どちらにしようかな、と品定めします。既にもらえる前提でいるようです。
どちらも、金か銀かの違いで、他にこれといった相違はありません。どちらもきらきらと輝いて美しいの一言。
どっちにしよう、どっちにしよう、ひょっとしたら両方ともくれないかな、なんてたまにちらと上目づかいで泉の精を見やったりしますが、相手は変わらずにこにことしているだけです。
結局十分近くの長考の末、悩みに悩んだゆきぽ、腹を決めて金色の方を選ぶこととしました。

「ぽぇ!」

嬉々として金のスコップを指すゆきぽ。臆面もなく小さな手の平を差し出します。
なくしてしまった本当の鉄のスコップへの愛着など、強烈な物欲の前には些細なことです。そして、自分が嘘をついているという悪気もありません。ただくれるものとばかりに踏んでいましたから。
もらえて当然、と信じて疑わなかったゆきぽ、泉の精が笑顔を浮かべたまま無言で水の中に戻って行っても、しばらく理解ができず立ち尽くしていました。

「ぽ…ぽええええええええっ!?!?」

ゆきぽにしてみれば、これ以上ないほどの宝物が、訳も分からず水中へと没してしまったのです。何で、どうして!?と慌てふためき涙目のゆきぽ。
そして一度火のついた物欲は留まることを知りません。それはもう、本当のスコップと連れ添った年月のことなどどこか彼方にすっ飛ばしてしまうくらいに。ですから今度はこのゆきぽも、後先考えず泉の中へ飛び込んだのです。

「ぽえっ、ぽぶぽびぃぃぃぃ!?!?ぽ、ぽぎゃあああああああああああ!!!」

水深はぷちの足の届かない深さ、かなづちのゆきぽが溺れるには十分です。スコップのことも忘れ、生命の危機に瀕していることを悟って大声で喚きながらあっぷあっぷ。ばしゃばしゃと水を立てますが、どうにもなりません。助けてくれる誰かも現れません。

「ぽひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!きゅぅぅうぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」

叫ぼうと開けた大口から水を飲み込み、息もできず、やがてゆきぽは沈んでいきました。少しして動かなくなった小さな体が、美しい水面にぷかりと浮かび、漂います。

さて、これらの一部始終を見ていた別のゆきぽが、近くの木陰に潜んでいました。たまたま近くを通りかかった同じ野良のようです。
客観的に先のゆきぽのことを傍観していたこのゆきぽ、当初持っていたスコップがぼろぼろの鉄のものだったということも、泉の精が差し出したそれを持っていたなど嘘だということもわかっていました。
けれども、あのきらめく美しい限りの金と銀のスコップをもまた目にしたこのゆきぽも、内に秘めた物欲を大きく揺さぶられたのです。
しかし先例から、ただ物欲しさに差し出されたあれらをバカ正直に欲しがっても、野の轍を踏むだけだろう。やっぱりどうでもいいところで控えめなゆきぽ、落ち着き、一歩引いた視点で物事を見ます。
結論として、自分の本当に落としたものを言うのなら、正直さと謙虚さを讃えられご褒美にくれたりするんじゃないだろうか、といった希望的観測にすがることとなりました。ひょっとしたら両方とも、なんてことを考えると、つい頬がにへらと緩みます。

思い立つや否や、ゆきぽはさっそく泉へと近づきます。まだ先のゆきぽが漂っているのもそっちのけで、手始めにゆきぽは元から持っていた鉄のスコップを水に投げ込みました。張り切って、それも力持ちですので勢いをつけて。ばしゃんと水が高く上がります。
わくわくと期待した面持ちに瞳を輝かせて、泉の精が現れるのを待つゆきぽ。ところが先よりも現れるまでに時間がかかります。まだかなぁ、とうずうずします。

「あらー…」

しばらく経ってようやく姿を現した泉の精。顔は笑っていますが脳天に大きなたんこぶができています。あのスコップが直撃したのでしょうか、だとしたら随分浅いところにいたのですかね。
心なしか元気がありませんが、それでも先と同じように金と銀のスコップを差出し、ゆきぽに問いかける泉の精。あなたが落としたのはこの金のスコップですか、それともこの銀のスコップですか?

「ぽ、ぽえ!」

きらきらと光る二本の宝物に目を奪われるゆきぽでしたが、はっと思い起こして、予定通りの答えを言います。違う、自分が落としたのは黒いスコップだ、わざとやったくせして正直者だと内心自画自賛、ふんすと胸を張っています。

「あらあら」

そうですか。泉の精はそれだけ返してまた水の中へと戻っていったのですけれど。
もちろん正直者(笑)に金のスコップも銀のスコップも渡すシークエンスも何もありませんでした。
胸を張ったまま、やはり何が起こったのか呑み込めないでいるゆきぽでしたが、

「ぽ、ぽ…ぽいえええええええええええええ!?!?!?」

どうしてぇ!?と心の底から叫ぶゆきぽ。泉の精からの返事はもうありません。
訳も分からず、そして自ら進んで相棒を捨てるような真似をしたからには諦めきれないゆきぽ、やっぱり後を追おうと泉の中へ飛び込みます。後は全く同じです。

「ぷぎゃあああああああああああ!!!!がぼっ、ぽぎ、ぽぎやああああああああああああああああきゅうぅぅぅ」

まあ、最初から誰もあの昔話のようにいくとは言ってませんしね?

おしまい。

  • 最終更新:2014-02-20 22:14:56

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード